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「GIF」は世界をつなげる、ビジュアル言語。「GIFMAGAZINE」創業者に問う、GIFビジネスの可能性

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数年前、スリランカを訪れた時に友人ができた。すぐにFacebookで友達になり、今も時々、Facebook Messengerで会話をしている。

最初の頃は、英語が得意でない私は辞書を引きながらなんとか英文を作り、コミュニケーションを図っていた。しかし、2人の会話が盛り上がったのは、ディズニー映画のGIFアニメーションを送った時だ。型通りの挨拶文では伝えきれない感情を伝えることができたのだ。さらに、世界中で愛されているキャラクターを共有したことで、2人の感情的な距離が縮まったのだ。

「GIFは世界共通のビジュアル言語です」

そう語るのは、国内最大級のGIFプラットフォーム「GIFMAGAZINE」を立ち上げた大野謙介氏。同サイトでは、人気キャラクターや動物、芸能人などの公式GIFの画像検索を行うことができ、ユーザーは自分好みのGIFと出会うことができる。

実は近年、GIFMAGAZINEのようにGIFビジネスを主軸としたスタートアップが、世界各国で誕生している。なぜ今、GIFに注目が集まっているのか。その理由を紐解くため、大野氏に取材を敢行した。話を伺う中で見えてきたのは、GIFビジネスがもつ可能性だった。

GIFは世界共通言語。世界各国で、GIFを使ったコミュニケーションが活性化

Twitter、Facebook Messenger、Instagram Storiesなど、さまざまなSNS上でコミュニケーションツールとして使われているGIFアニメーション(以下、GIF)。「GIFが大好きで、GIFの会社を立ち上げた」という大野氏は、GIFの魅力を次のように説く。

大野氏(以下、大野):GIFの魅力は「言語化できない感情」を表現できることです。GIFを使えば、フランクな「おはよー」と丁寧な「おはようございます」の間の、微妙な距離感を保った感覚が表現できる。言語だけでは表現しきれない感情も、GIFを使えば、誤解なく伝えられるようになるんです。

もうひとつの魅力は、言葉が通じない人とでも楽しめるコンテンツであること。GIFは一種のビジュアル言語。そう考えると世界中のGIF作家は、「世界共通言語」を発明しているといえます。


ここ数年で人気を集めているGIFだが、その誕生は、1989年に遡る。当時のGIFは、WEBサイト内の情報を要約したインフォグラフィックのように使われていた。

その後、一度は下火になったGIFだが、スマホが普及し始めた2011年頃以降、再び注目を集めている。大野氏によれば「スマホとSNSの普及が、GIFの需要を再燃させた」のだという。

大野:スマホ上で好まれるコンテンツは、「手軽でわかりやすい」ものです。スマホを触るのは、基本的に移動中やスキマ時間。限られた時間の中で、他者と効率的にコミュニケーションを行う用途に、短尺でわかりやすいGIFは最適だったんです。

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大野 謙介氏

最初にGIFが使われるようになったのは、英語圏の国々だ。2012年、アメリカ版の流行語大賞「Word of the Year」の大賞に「GIF」が選ばれた。翌年には、"GIFアニメのGoogle"と呼ばれる「GIPHY」が誕生。"世界中のGIFを探せるプラットフォーム"である同サービスは、今年1月にInstagramと提携し、Instagram StoriesではGIPHYが提供するGIFスタンプが使えるようになっている。

世界各国でGIFのプラットフォームが誕生したことで、人びとは気軽に自分好みのGIFと出会えるようになり、現在は多くの人がコミュニケーションツールとしてGIFを使用している。

世界各国で誕生したGIFプラットフォーム。多様化が期待される、ビジネスモデル

アメリカにはGIPHY以外にも今年初めにGoogleに買収された「Tenor」があり、中国には「Weshine(闪萌)」は、インドには「Gifski」、そして日本には大野氏が手がける「GIFMAGAZINE」が、国内最大級のGIFプラットフォームとして君臨している。

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GIFMAGAZINE

これらのサービスは、すべてプラットフォームビジネスだ。各サービスにはGIFデータが集約され、ユーザーは好みのGIFと出会うことができる。大野氏は、将来的に各国のプラットフォームが一元化されることを夢見ている。

大野:現在は国ごとにGIFプラットフォームが存在していますが、将来的にはそれらがすべて集結した、巨大なプラットフォームができたら面白いと思います。世界共通のビジュアル言語であるGIFが集約されたプラットフォームがあれば、世界中で新しいコミュニケーションが生まれるでしょう。多くの人が国境を超えて、繋がることができるのではないかと考えています。

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GIFプラットフォームのビジネスモデルは、サービスごとに少しずつ異なる。GIFMAGAZINEの収益源はコンテンツの受託制作だが、GIFプラットフォームのビジネスモデルが確立されているわけではないのだ。"元祖GIFプラットフォーム"であるGIPHYに関していえば、設立4年後までマネタイズすらしていなかったと報じられている。

大野:基本的にどのサービスも、現地のクリエイターと共にその国で好まれるGIFを制作していますが、ビジネスモデルはこれから作っていく段階です。GIFはコミュニケーションツールにもコンテンツにもなります。それぞれに価値があるものなので、僕たちのように受託制作をすることもひとつの手ですし、販売を行うこともできると思いますね。

GIFMAGAZINEが持っている強みは、提供しているコンテンツのクオリティの高さ。海外のGIFサービスのクオリティとは比較にならないと、大野氏は言う。

大野:僕たちは2013年にサービスを立ち上げた時から、GIF作家さんと版元、双方と一緒に公式コンテンツを制作してきました。

僕をはじめ、弊社には"GIF好き"が集まっていることも特徴です。これまでにGIFの作り方を学べるワークショップなども定期的に開催し、作家さんとのネットワークも構築してきました。

クライアント企業には「GIFMAGAZINEであれば、クオリティの高いものを制作してくれる」と信頼いただけています。彼らからの依頼でスタンプや広告コンテンツを制作することが、僕たちのマネタイズポイントにもなっているんです。

究極のコミュニケーション術は、テレパシー。GIFプラットフォームは感情のデータバンクになる。

大野氏によれば、GIFプラットフォームの本質は「人の感情に関するデータを持っていること」だという。今後、人間同士のコミュニケーションのあり方に変化が起きた時、GIFは非常に価値あるものになると、その未来を見据える。

大野:私たち人間は、コミュニケーションの8割を視覚と聴覚を使って行なっています。しかしいずれ、それらを使わなくてもコミュニケーションができる時代がやってくるかもしれません。視覚も聴覚も、電気信号として脳に送られるもの。スマホの中の画像や動画を、わざわざ光や音に一度変換して、電気信号にもう一度変換しています。

機械と脳を直接つなぐことを「BMI(ブレイン・マシーン・インターフェース)」と呼び、Facebookやイーロン・マスクなどが研究をしています。技術が進歩して、脳で直接文字をタイピングしたり、伝えたいGIF動画をイメージするだけで、コミュニケーションが取れる時代がやってくる。

そうなった時に、GIFデータが、絵文字やスタンプを超えて、世界各国で自分の思ったことをイメージで伝えられる、新たなビジュアル共通言語になると考えています。"感情を動かす"GIFデータを、テレパシーのように他者とコミュニケーションができるようになるかもしれません。

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人間のコミュニケーションツールは、いずれテレパシーになるーー。非現実的にも思えるが、これまでのコミュニケーションの歴史を振り返れば、考えられない話でもない。狼煙や太鼓などの原始的なコミュニケーションは、パピルスの誕生により"記録に残る"ものに進化し、さらに電話やインターネットの発明によって遠く離れた場所とのコミュニケーションも可能になった。革新的な技術の登場により、コミュニケーションは進化してきた。

大野氏の言うように、もしも体内に視覚や聴覚の代わりとなる装置を埋め込めるようになれば、身体を動かさずともコミュニケーションができる世界がやってくるかもしれない。

取材の最後に大野氏は「"テレパシー時代"に向かうための準備は、世界中のGIFプラットフォーマーが行わなくてはいけない」と語った。

大野:コミュニケーションをテレパシー化するために、感情を読み取って出力する装置はもちろんのこと、複雑な感情を表現するビジュアル言語の開発も進めなくてはいけません。その準備は、「世界共通言語」を提供している我々GIFプラットフォーマーが率先して行うべきだと思います。

「世界中の人と話してみたい」という願いを叶えるためには、数多くの言語を学ばなくてはならない。しかし、今後GIFがさらに普及していけば、私たちはもっと世界と繋がることができるだろう。

もしも大野氏が言うようにテレパシーで意思疎通を行う時代が訪れるならーーGIFは人びとの情報伝達手段となり、感情を可視化したマーケティングデータも生み出すだろう。GIFビジネスは、巨大なコミュニケーション産業として成長していく可能性を秘めている。

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512


これからのショッピングセンターは、"ちょうどいい探索"の場にーーパルコが提案する次世代の買い物体験

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電車でInstagramを眺め、好きなブランドの新作をチェックする。寝る前のベッドでECサイトを訪れ、ワンピースを買うーー。インターネットが生活に浸透したいま、当たり前のように、場所や時間にとらわれず買い物ができる。

経済産業省が実施した調査によれば、2017年のBtoC物販系分野のEC化率は5.79%。2010年から右肩上がりで上昇しており、オンライン上での買い物は当たり前の行為となっている。

ECが普及した時代において、オフラインでの買い物体験の拡張に取り組み、次世代のショッピングセンター(以下、SC)を志向しているのが、パルコだ。同社が常に時代の先端を捉え続けている理由を知るべく、林直孝氏(株式会社パルコ 執行役 グループICT戦略室担当)、高野公三子氏(パルコのオウンドメディア『ACROSS』編集長)を訪ねた。2人へのインタビューを通して、次世代型SCの在り方を探っていく。

オンライン市場は、敵じゃない。パルコが時代の変化に柔軟な理由

オンライン市場での消費が増えたことで、多くの企業はオムニチャネル化に取り組んできた。実店舗とECサイトの情報管理システムを統一して顧客をフォローし、販売機会の損失を最小化するための戦略だ。これによって、「店舗に在庫がない場合に、QRコードでECサイトに誘導する」ことや「ECサイトで注文した商品を、店舗で受け取る」ことが可能になった。

今でこそ、オフラインとオンラインの融解に取り組むSCは多いが、かつてはオンライン市場を敵視する企業も多かった。しかしパルコは、早くからオンライン市場と"手を取り合う"姿勢を貫いている。それを象徴するのが、2013年に起きた、ある出来事だ。ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイ(現・ZOZO)が提供する「WEAR」のプロモーションに、SCとして唯一協力したのだ。

リリース当時のWEARにはバーコードスキャン機能がついており(現在は廃止)、ユーザーは店頭でバーコードを読み取るだけで、商品情報を保存し、後からオンラインで購入することができた。

来館者がWEARを通して買い物をすれば、テナントの売り上げが下がってしまう。そのため、「施設内での写真撮影は原則禁止」と入居テナントに通知したSCもあった。しかし、パルコだけがテナントに対してWEARの導入を促した。林氏は当時のことを、次のように振り返る。

林直孝氏(以下、林):WEARは、コーディネートを投稿するSNSです。ショップスタッフさんが利用することでお客様の購買のきっかけとなる、接客のプラットフォームとして機能すると捉えたんです。我々はWEAR登場以前から、ショップスタッフさんによるブログを運営していたので「ブログは売上アップに繋がる」というデータも持っていました。WEARを導入すれば、ショップの売上もアップすると思ったんです。

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林 直孝氏

このように、時代の変化に応じた柔軟な対応ができる理由は、パルコの組織体制にあるのだと林氏は明かす。

林:新しい取り組みを行う際には、必ずお客様やテナントへの「メリットやデメリット」「数字の根拠」を経営陣に示しています。WEARの導入時も、既存のショップブログ閲覧者の来店率や、ブログからの売上効果などをリサーチしていたので、経営陣もスムーズにGOサインを出してくれたんです。組織を動かすのは簡単なことではありません。だからこそ、全員が納得できる「メリット」や「数字の根拠」を示すことが大事です。

コンセプトは「24時間パルコ」。いつでも、どこでも快適なショッピングをサポート

日本のSCにおけるオムニチャネル化の歴史を紐解くと、それは2010年代に始まった。ルミネは2015年から各テナントと自社ECサイト「i LUMINE」の在庫データを連携。EC上に在庫がない場合には、実店舗への商品取り寄せが可能になり、ECで購入した商品の色・サイズ交換も店頭で対応可能となった。プライベートブランドを軸にしたオムニチャネル化に取り組むマルイも、自社ECサイト「マルイウェブチャネル」との在庫データ連携を行うほか、2016年からは店頭にシューズの体験ストアを設置。訪れた顧客は、気になるシューズの試し履きを行なった後、専用タブレットからオンライン注文ができるのだ。 このように、主な国内SCにおけるオムニチャネル化の軸となっているのは「実店舗への誘導」である。しかし他社よりも早い2014年、パルコがオムニチャネル施策の第一弾として取り組んだのは、ショップブログからオンライン上で商品が購入できる通販サイト「カエルパルコ」(現:PARCO ONLINE STORE)の開発だった。

*「カエルパルコ」は、2018年11月にサービス名を変更

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PARCO ONLINE STORE

カエルパルコの前身となるのは、出店テナントによるブログプラットフォーム。当時、ブログで商品を紹介するショップスタッフが登場しはじめていたことに注目したのだ。

林:ブログはお客様とショップを繋ぐものだと思い、パルコのサイトリニューアルに合わせて全ショップのブログを開設しました。さらに、各店に対してブログ研修も行って「読まれやすい記事の書き方」などのレクチャーも実施。結果、サイトのリニューアルが完了した2013年の秋には月に1万件以上のブログが投稿されるようになったんです。

ブログの投稿数の増加に比例して、掲載商品の在庫確認や購入を希望する声が多く寄せられるようになった。そうした声を受け、2014年にブログにカート機能をつけた「カエルパルコ」がリリースされたのだ。

その後、商品の取り置き機能なども備えた公式アプリ「POCKET PARCO」もリリース。こうした取り組みにより、顧客はオンラインとオフラインの垣根を超えて、パルコでのショッピングを快適に楽しめるようになったのだ。

さらにパルコは、2015年9月からショップスタッフ向けのeラーニングを導入し、ショップスタッフの接客スキル向上にも注力している。以前から、定期的に対面での接客研修は実施していたが、ショップスタッフがその都度売り場から離れる必要があった。1回の研修は約2時間。全国のパルコで相当な時間、スタッフが売り場を離れることになる。eラーニングの導入で、店頭での接客機会を失わず、効率的にショップスタッフをサポートできるようになった。林氏によれば、これらの新しい取り組みは全て「接客の拡張」を目的にしているという。

林:パルコは、ご出店テナントの皆様から売上に応じたテナント料を頂いているので、皆様の接客を最大限に高めることは、結果として利益向上にも直結します。そうした背景もあり、積極的にテクノロジーを活用し、顧客の買い物をサポートすることで、顧客満足度の向上に努めているんです。

"オフライン起点のチャネルシフト"で、これまでにないショッピング体験を提供

パルコの基盤は、オフラインの「店舗の売り場」。まずは店舗での顧客満足度を高めることが大事だと考える同社は、これまでに様々な最新テクノロジーを活用した取り組みを行なってきた。

2016年には、仙台PARCOで人型ロボットの「Pepper(ソフトバンク社)」と自走式ロボットの「NAVii(ナビー)(米・Fellow Robots社 )」を活用した接客実験を実施。会話機能がついたロボットは、ショップの場所を尋ねた人を案内するなど、簡単な来店者のサポートを行なったという。1ヶ月に及んだ実験の結果、有人のインフォメーションカウンターよりも多くの問い合わせがロボットに寄せられたそうだ。

林:ロボットに寄せられた質問の多くが、ショップやトイレや映画館の場所を聞くものでした。こうした単純な質問は、わざわざ人に聞くよりもロボットに聞いた方が手軽ですし、回答も早い。このようなロボットが回遊していれば、お客様により快適なショッピングをしていただけると思います。

さらに2017年10月には、ロボットの用途を広げた新たな実証実験も行なっている。都立産業技術研究センターとの共同事業として池袋PARCOの店内に、日本ユニシス、08ワークス、パルコの3社が共同開発したロボット「Siriusbot(シリウスボット)」を設置。これは1台で2役を担うロボットで、昼間は来店客の案内役を務め、夜になると商品に事前につけられたRFIDタグを読み取り、テナントの在庫確認を行うものだ。面倒な棚卸し作業をロボットに任せることができれば、ショップスタッフの負担は軽減する。その結果、接客に対する集中度合いも上昇するだろう。Siriusbotが店舗に本格導入されるようになれば、「接客の拡張」に繋がるのではないだろうか。

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Siriusbotの概要(日本ユニシス公式サイトより引用)

2017年11月にオープンした「PARCO_ya上野」にはABEJA社が開発した人工知能を活用した店舗解析サービス「ABEJA Platform for Retail」を導入。今年4月には、池袋PARCOでAmazon Echoを活用した店舗案内サービスも開始している。

次世代型の取り組みとして注目したいのが、今年3月のサウス・バイ・サウスウエスト トレードショー(SXSW)に出展されたVRショッピングコンテンツである。「2020年の買い物体験」と称されたこの取り組みでは、物理的制約のないVR空間でのショッピングを楽しめる。売り場の空間が次々と変わるので、顧客は来店するたびに新しい空間を体感できる。空間の制約もないので、普通は1つのショップに入りきらないほどの商品をみることも可能だ。さらに、同一のVR空間を複数人で共有できるため、VR上であってもショップスタッフからのアドバイスを受けながら、ショッピングができるのだ。

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2020年の買い物体験イメージ画像。VR空間にディスプレイされたさまざまなコーディネート

林:VR体験とは別に、SXSWにはMR(Mixed Reality)を使った買い物体験を提供しました。、3Dスキャンされたヴァーチャルモデル着用の商品を自在に実際の空間上で切り替えて表示することができるんです。着用イメージをリアルに確認できるので、試着の手間も省けます。さらに、多言語対応もする予定なので、外国人のお客様にも同時通訳を行いながら接客ができるのです。

このように、先端テクノロジーの活用を推進しているパルコが目指すものは「デジタルショッピングセンタープラットフォーム」だ。

林:テクノロジー活用をさらに一歩進めるためには、データの集積を加速させる必要があります。たとえば、来館したお客様の欲しいものをAIで割り出し、テナントさんの在庫から最適な商品を提案できるようになるかもしれません。パルコを、これまでにない快適なショッピングを楽しめる「デジタルショッピングセンタープラットフォーム」に進化させたいんです。

時代の先を捉えるのは、"街のリアル"から。
若者とファッション・カルチャーを研究し続ける「定点観測」

しかしパルコが注力しているのは、テクノロジー活用だけではない。顧客でもある多くの若者も理解するため、「ファッショントレンドの分析」に関しては至極アナログな手法を取っている。デジタルとアナログの掛け合わせによって、顧客に支持され続ける"次世代型SC"を志向しているのだ。

"至極アナログな手法"とは、同社のシンクタンクが運営するWEBマガジン「ACROSS」」内で行われている「定点観測」だ。

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定点観測

「定点観測」は、約40年に渡って実施されている"ストリートファッションマーケティング"という俗称のフィールドリサーチである。民俗学研究者の今和次郎が提唱した「考現学」を参考に形成された、パルコオリジナルのマーケティング手法ともいえる。ACROSS編集長の高野 公三子氏は「ファッショントレンドは、数字では測れない」と話す。

高野:POSを使えば、売れ筋の商品を分析することはできますが、何故売れないのかは分かりません。また、ファッションの表面的なトレンドは分かっても、そのトレンドを受容する人たちの深層心理まではデータから読み取ることができません。同じアイテムでも、時代によって人気の色やシルエット、素材感は違います。やはり実際に目で見て理解することが大切だと感じています。

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高野公三子氏

「定点観測」は、基本的に、渋谷・原宿・新宿で毎月第一土曜日に実施されている。事前に、カウントアイテム(トレンドアイテム)とズームアップアイテム(今後流行しそうなアイテム)を編集部員が路上に出て、プレサーベイを行って決め、実施日には、それらを着用する人を観察、撮影するという。さらに、詳細についてアクティブインタビューを行ない、該当インタビューイーとなった方とそのファッション・カルチャーを理解していく。

高野:よくあるファッションスナップとは違って、ファッション以外のことについても詳しく尋ねます。たとえば、毎月のお小遣いや家賃、この街に来た目的など...。ファッションについても当日着ていらっしゃる服や小物のブランド名や購入場所、価格、購入した理由などを伺います。路面店で買ったのか、SCなのか。オンラインで購入したのか、おさがりなのか、メルカリで買ったのかなどなど。いわゆる"買い回りデータ"がいかに1人ひとり異なるかもわかります(笑)「定点観測」で明らかにしたいと思っているのは"街のリアル"です。街はそこに集う人たちのものであって、ディベロッパーのものじゃないんです。

「定点観測」のデータは、パルコに新しいコンセプトの売り場を創出するためのヒントとなったり、具体的に出店するテナントの他、さまざまなマーケティング関係者に役立っている。2017年には、Googleの非営利法人が運営している世界中の美術館を鑑賞できるプラットフォーム「Google Arts & Culture」のファッションプロジェクトにも参加。日本の唯一のストリートファッション情報として掲載されている。実際に路上に出て、街や人を観察することから得られるデータはそれほどまでに希少価値が高いのだ。パルコが時代の変化に寛容な姿勢をとり、新しい取り組みを積極的に行う背景には、常に時代の先に目を向けてきた「定点観測」の存在があるのかもしれない。

オフラインの売り場は、"非計画購買"をする場所。"ちょうどいい探索をしてほしい

オンライン市場の拡大、オムニチャネル化が進む今、消費体験は多様化している。そんな時代において、オフラインの売り場は、どのような場所であるべきなのだろうか。

取材の最後、林氏は「オフラインの店舗は"非計画購買"を楽しむ場所」だと話してくれた。

林:「これが欲しい」といった目的がある場合、ECサイトは非常に便利な場所だと思います。しかし特に目的がないけれど「なにか欲しい」といった需要がある人に対しては、SCは変わらず便利な場所だと思うのです。ですから、オフラインの売り場にはある程度の"探索性"が必要ですよね。潜在的なニーズを探りながら、それを叶えるものを見つけ出すような...。とはいえ、探索の時間は短い方がいい。我々が今注力しているロボットやAI、VRなどを活用し、お客様に"ちょうどいい探索"をしてもらい、最高な商品やサービスに出会えるようにしたいと考えています。

洋服、本、家電...。大抵のものがオンラインで買えるようになり、人びとの買い物は効率化した。しかしオフラインの売り場ーーたとえば街中でたまたま立ち寄った商業施設で、色々なお店を覗いてみたり、スタッフと対話を重ねることで、新しい発見ができることもある。「ちょうどいい探索性」を楽しめるパルコのような場所は、"効率化されすぎた"人びとの買い物体験をアップデートしていくのではないだろうか。

取材・執筆・撮影:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
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バイオテクノロジーは、インターネット同様の系譜を辿る--デイビッド×草野絵美 #EmisSensor

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SENSORS MC草野絵美が、今をときめく気鋭のクリエイターをピックアップし、インスピレーションの源泉を紐解いていく新連載「#EmisSensor」。第三回のゲストは、MITメディアラボの研究者・デイビッド・コング。デイビッドは、バイオテクノロジーを巨大産業にすべく、"アウトローな視点"からアプローチを仕掛ける異色の研究者だ。

彼の持つ肩書きは、「ストリート・バイオロジスト」。草野絵美が、スプツニ子!さん紹介で、海を越えてインタビューしに行ってきた。

デイビッドは、産業を育てるには"蚊帳の外"からのアプローチが必要だと語る。「鼻の穴の微生物を使って音楽を奏でる」アウトローなアクションなど、彼独自の視点で見るバイオテクノロジー産業について話を聞いた。

バイオテクノロジーを多角的視点から紐解く

草野絵美(以下、草野):デイビッドは、初めて会ったその日に音楽や写真の話で意気投合したMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの研究者です。「合成生物学」について研究をしながら、バイオ・コミュニティのリーダーを務めています。まずは、デイビッドの生い立ちについて、教えてください。

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左から、デイビッド・コング、草野絵美

デイビッド・コング(以下、デイビッド):僕の両親は、どちらも大学教授。父はMITで電磁波の研究をしていて、母は統計学の教授です。つまり"オタクの家系"に生まれました。

父は貧しい家庭に育ったので、クラスのトップになるように勉学に励んだと聞いています。しかし、本当に関心を抱いていたのは、科学や工学ではなく人文学。孔子の書籍を若いころに暗記するほどだったそうですが、祖父に反対を受け、今のキャリアにあるそうです。

ただある日、愛読していた『易経』など、中国の古い哲学書とマクスウェルの方程式(電磁場のふるまいを記述する古典電磁気学の基礎方程式)に関連性を見出したのだといいます。

望んだキャリアではなかったものの、少年時代から夢中だった詩や哲学への情熱をキャリアのなかに見つけられたのです。

私も、父と同様のキャリアを歩んでいます。もともとは芸術や人文科学に興味を持っていましたが、キャリアはバイオロジーを専攻しています。一見関連性がないように感じるかもしれませんが、父と同じように、異なる領域に共通点を見つけています。バイオテクノロジーにアートや哲学をリンクさせる方法を見つけ、バイオ・コミュニティのリーダーをしているのです。

草野:なるほどですね。現在のキャリアであるバイオテクノロジーを、芸術から紐解く活動もしていると。

デイビッド:そうです。物理学者のリチャード・P・ファインマンが、「薔薇の美しさ」について語った、芸術と科学のの話があります。「画家や詩人は薔薇の美しさを感じることはできるが、科学者はさらに深層で薔薇の美しさを理解できる」と。化学的な観点から薔薇の美しさを掘り下げることで、さらに薔薇の魅力に迫ることができることを意味しています。つまり、サイエンスとアートは深く結びついているんです。

草野:ちなみに、バイオテクノロジーを専攻するきっかけについても教えてください。

デイビッド:博士号を取得する前に、「合成生物学」という新しい分野が現れました。既存の生物学分野と異なる点は、「メタファー(暗喩)の探求を軸に構成された学問」であること。そのメタファーとは「我々の生態系は。電子系や機械系、光学系といった分野同様にエンジニアできるのだろうか?」。

従来の生物学分野よりも、より複雑な体系を構築するための問いです。サイエンスの中でも、僕にとっては化学や物理などよりも生物学に美的感覚を感じていました。そうしたことが重なり、バイオテクノロジーの道に進みました。

「カウンターカルチャー」が巨大産業のキーワード

草野:興味深い研究ですね。研究をしながら、コミュニティを形成するのは、なぜでしょうか?

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デイビッド:コンピューターを巨大な産業にしたのは、ジョブズやウォズニアックなど、自宅のガレージで黙々と独自の世界観を磨き続けた"カウンターカルチャー"です。

バイオ業界でも同様に、アーティストやデザイナーが、独自の視点でバイオテクノロジーの可能性を拡張していくことできると思っています。なので、「研究」の蚊帳の外にいる人物を集め、少しだけ"過激な"ビジョンを掲げて活動しています。

草野:コンピューターが民主化したように、まだ民衆にとって未知の領域である「バイオ」を普及させていきたいと?

デイビッド:絵美の言う通り。コンピューターの黎明期、多くの人は「コンピューターって何?私の生活にどう関係あるの?」と考えていたでしょう。しかし今では、誰もがスーパーコンピューターをポケットに入れて持ち歩いている。

バイオテクノロジーも、これから同じ道をたどると考えているんです。2000年頃、そもそも民衆は「バイオテクノロジー」、「合成生物学」といった言葉を聞いたことはありませんでした。

しかし今では、「細胞農業」という分野で、動物を使わずに動物性の肉が生産できるようになりました。私は、草の根レベルの一般市民がバイオテクノロジーを探求するために、コミュニティを開いているんです。

鼻の穴の微生物で、音楽を奏でる。"蚊帳の外"から産業を拡張する、アウトローなクリエイティブ

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草野:コミュニティでは、具体的にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか?

デイビッド:コミュニティの中で今もっとも興味深い課題は「一般の人々にとって、合成生物学やバイオテクノロジーががどう自分の生活に関係するのか分かりづらく、関わりが持てない」こと。

バイオテクノロジーは、コンピューターのように、今後私たちの生活に欠かせないものになります。それなのに、理解が浸透していない。こうした分断を解消しようとしています。

草野:何か、具体例を教えていただけますか?

デイビッド:僕は今「マイクロバイオーム」の研究に深く関わっています。人体に生息する、何百兆という数の微生物の研究です。非常に注目されている研究ですが、一般の人に理解してもらうことが難しいのは分かっています。

そこで僕たちは、音楽を切り口に、「マイクロバイオーム」を誰にでも理解できる形で伝えようと考えました。誰でも、音楽と何らかの接点を持っているからです。この取り組みを「Biota Beats」と名付けました。

草野:とても気になります。「Biota Beats」がスタートした経緯について、もう少し詳しく教えてください。

デイビッド:詩人やミュージシャン、科学者、エンジニアなど、背景の異なる人材たちが同じ空間で仕事をしている「EMW」という施設があります。そこで新しいプロジェクトについて話をしている際に、施設にいた誰かがターンテーブルを指差し、「あのターンテーブルとマイクロバイオームをつなげられないか?」と提案したことがきっかけです。

草野:無関係に見える2つの要素は、どのようにして交わるのでしょう?

デイビッド:「Biota Beats」は、人体のあらゆる箇所から微生物を採取することからスタートします。ワキや耳の中、鼻の中などから採取した微生物の餌を与え、成長させる。

永長過程をデータ化したら、データをMIDI(Musical Instruments Digital Interface:1981年に策定された電子楽器同士を接続するための世界共通規格)に変換し、作曲します。つまり「Biota Beats」は、自分の体に生息する微生物を音楽として聴くことができるものなのです。

草野:面白いですね!遺伝子によって、一人ひとりが違う音楽を奏でられる...。妄想するだけで、ワクワクします。

デイビッド:僕のキャリアで指折りにうれしかった瞬間の一つに、DJ・ジャジー・ジェフが参加するイベントに登壇したことが挙げられます。彼に「あなたの微生物を採取して、音楽を作らせてくれないかな?」と尋ねたら、とても乗り気で、賛同してくれたのです。

しばらくすると、ジェフのマネージャーから連絡がありました。「今度ウィル・スミスとツアーに行くんだけど、もっとBiota Beatsで制作してみたい」と相談してきたんです。

世界的なDJのクリエイティブチームが、科学実験をしようと持ち掛けてくれた。「Biota Beats」の成功を確信しました。以来、子どもや若者向けのワークショップをたくさん開いているよ。

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草野:私が関わるプロジェクト「人工生命カラオケマシン」ともコラボしてほしいです!

デイビッド:絵美の「人工生命カラオケマシン」はとても興味深いね。ぜひ、こんどコラボレーションしたい!

SENSORS MC:草野絵美

草野絵美 Sensors MC: 1990年東京出身。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス環境情報学部卒業。元広告代理店テクノロジー専門プランナー。歌謡エレクトロユニット 「Satellite Young」として活動中。再構築された80'sサウンドに、ポストインターネット世代の違和感をのせて現代社会を歌う。スウェーデン発のアニメ『Senpai Club』の主題歌提供、米国インディーレーベル「New Retro Wave」からのリリースにより、欧米を中心にファンを増やし、2017年には「South by South West」に出演。
Twitter:@emikusano

編集:オバラミツフミ

1994年、秋田県出身。2016年からフリーランス。各種メディアでのインタビュー連載・ブックライティングがメイン。
Twitter:@obaramitsufumi

「あの人だけのために」---"言葉にできない感情"を写真に宿す、奥山由之の撮影哲学

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「写真家・映像作家と考える『表現のイマ』」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは写真家・映像作家の奥山由之氏だ。

全5回にわたってお届けするシリーズの第1弾記事では、奥山氏の掲げる信念「少人数に刺さるものをつくる」をテーマに行われたディスカッションの様子をお届けする。

弱冠20歳にして、写真家の登竜門「写真新世紀」で優秀賞を受賞した奥山氏。デビュー作でもある受賞作品『Girl』は、奥山氏が身近な人に向けて撮影した写真だった。「特定の人に向けた作品は、かえって多くの人の心に刺さる」と話す奥山氏に、表現者である齋藤、落合も大きく頷いていた。

ファッション関係者、ミュージシャンなど、さまざななクリエイターからも絶大な信頼を集める奥山氏。なぜ、人びとは彼の表現に惹きつけられるのか---。同氏の創作活動の根幹にある、鑑賞者を強く思いを届けたい人意識した表現に対する信念を紐解いていく。

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(左より)奥山由之氏、齋藤精一、落合陽一、草野絵美

草野絵美(以下、草野):
今回のテーマは「写真家・映像作家と考える『表現のイマ』」です。写真家・映像作家のゲストをお招きし、現代に求められる写真や映像の価値を深掘りしていきます。落合さんは、写真がお好きでしたよね?
落合陽一(以下、落合):
そうですね。常にカメラを持ち歩いて撮影しています。あまり知られていないのですが、自分の作品も自分で撮影しているんですよ。
齋藤精一(以下、齋藤):
え!自分で撮っているんですか?
落合:
そうです。撮影のスキルって、読み書きそろばんのように、誰もが身につけるべきものになりつつありますよね。
齋藤:
僕は、カメラのこと全然わからないんですよね...。昔は少し触っていましたが、今はスマホでしか写真を撮らないです。
落合:
僕は機材にも凝っているので、このスタジオにあるような撮影機材、ほとんど持っていますよ。
草野:
すごい(笑)。機材愛が強いんですね。

以下、写真家・映像作家の奥山由之氏をゲストに招き、「表現のイマ」について議論が行われた。奥山氏は2011年、弱冠20歳にして、写真家の登竜門「写真新世紀」で優秀賞を受賞。2016年に発表した写真集『BACON ICE CREAM』は、「第47回講談社出版文化賞」で写真賞を受賞した。デビュー以来、数々の写真作品を発表しながら、テレビCMやミュージックビデオなども手がけ、映像作家としても活躍している。今回のSENSORSでは、"気鋭の写真家"とも称される同氏の思想を深掘りしていく。

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草野:
写真家・映像作家の奥山由之さんです。奥山さんはつい先日、「Forbes JAPAN」の「世界に影響を与える30歳未満の日本の30人」にも選出された、今最も注目されているクリエイターの1人です。
奥山由之(以下、奥山):
よろしくお願いします。
齋藤:
草野さんと奥山さんは、お友達なんですよね?
草野:
同じ大学に通っていたんです。私の19歳の誕生日パーティーの日に初めて会ったんだよね。
奥山:
共通の友人から「友達の誕生日パーティーがあるから行こう」と誘われて行ったのが、絵美の誕生日パーティーだったんです。でも当日にその友達が遅刻して、知らない人の中で知らない人の誕生日を祝うという、不思議な状況の初対面でした...(笑)。当時、絵美が「東京コレクション」の撮影をしていたので、同行させてもらったこともありますね。
齋藤:
草野さん、写真家だったの?
草野:
写真家として本格的に活動していたわけではなく、ファッション好きが高じて、コレクションの撮影をしていたんです。でも当時、奥山さんが真剣に写真に向き合っている姿を見ていて、「自分はそこまで写真が好きじゃない」と気づかされました。

身近な"あの人"へのメッセージは、世界中に伝播する

草野:
まずは奥山さんの思考を深掘りするために、ご自身の掲げる「3つの信念」についてお伺いしたいと思います。その3つとは、「少人数に刺さる作品をつくる」、「意識的に無意識をつくる」、「フィルムで撮る」。1つ目の「少人数に刺さる作品をつくる」とは、どのような意味なのでしょうか?
奥山:
どんな作品も、特定の誰かに刺さることを意識してつくっているんです。そうすることで、結果的に大勢の人に届けることができると考えています。実は、デビュー作品『Girl』も、特定の人への想いを込めた写真なんです。
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奥山氏のデビュー作「Girl」より

奥山:
当時、ある友人に特別な感情を抱いていたんです。しかし僕は、中学・高校と男子校に通っていたので、同世代の女性と話すことに慣れていなくて...。

そうして毎日悶々と過ごしていたある日、東日本大震災が起きたんです。あの時「いつ何が起きるかわからない」と強く感じたんですよね。それで、彼女に対する言葉にできない感情を写真で残しておこうと思ったんです。その写真が「写真新世紀」で優秀賞に選ばれて、写真集『Girl』として出版されました。

スタジオには、奥山氏の写真集『Girl』が用意され、MC陣が鑑賞した。シーツの乱れや、素顔の女性など、飾らない日常生活の断片が切り取られた写真を眺め、落合、齋藤は「ノスタルジーを感じる」と絶賛した。
落合:
カーテンから差し込む朝日の光とか、部分的にしか思い出せない記憶のようなものが描かれていますね。極めて物質的。すっぴんのこの子が、またいいんですよ(笑)。まるでアルバムみたい。
奥山:
「夢の具現化」みたいなことをしたかったんです。記憶を写真に落とし込みたいんですよね。
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草野:
奥山さんは、広告写真も撮影されていますよね。一般的に、広告は大衆に向けたものですが、その場合も「少人数に刺さる」ことを意識しているのですか?
奥山:
はい。逆に「この作品を届けたい」と思う人が誰だか分からないお仕事に関しては、基本的にお引き受けしづらいです。被写体の人なのか、一緒に作るスタッフさんなのか「この人のために!」というのを思い描きたい。例えば「20代の人々にはだいたいこんなものが刺さるよね」と言って、世の中の統計に合わせてつくった作品は、ただ"目に入る"というだけで終わってしまう。反対に、「届けたい」と思う対象が狭ければ狭いほど、結果的に多くの人に伝わっている気がします。
草野:
落合さん、齋藤さんは「少人数に刺さる作品をつくること」についてどう思われますか?
齋藤:
僕の場合は、少人数かどうかはあまり気にしておらず、とにかく自分自身が見たいものをつくっていますね。世の中には、自分と同じようなものを見たいと思う人がたくさんいるはずなので。
落合:
少人数にしっかりと刺さるものは、世界中に広がりますよね。世界に目を向ければ、同じ思考や感情を持っている人は一定数いる。意外に似た人間って多いんですよ。しかし、中途半端なメッセージは誰にも刺さらない。心の底から想いをのせないと、意味がないと思います。
奥山:
面白いもので、「この人たちに届けたい」と思い描いていた対象の人たちには届かず、その周囲だったり、意外な人たちに届く場合もありますね。落合さんの仰るとおり、まず大前提として、心の底から伝えたい想いがなければ、作品を届けたい人たちに届かないと思っています。

続く第2弾記事では、奥山氏の掲げる信念「意識的に無意識をつくる」「フィルムで撮る」をテーマに行われたディスカッションの様子をお届けする。

前半は"全編スマホ撮影"で話題を呼んだ、never young beach「お別れの歌」のミュージックビデオを一同が鑑賞。齋藤は「人生の引き出しを開けられた気分」と感想を述べつつ、奥山氏の高度な表現術を絶賛した。

後半は「フィルムカメラしか使わない」と話す奥山氏に、その理由を明かしていただいた。デジタルカメラよりも画質が劣り、利便性も低いフィルムカメラを愛用する理由とはーー。奥山氏の「表現」への熱き想いを紐解いていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一が悶絶する写真集...ゲスト:奥山由之( 表現のイマ 1/5))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

東京の未来は「江戸の暮らし」から見えてくるーー「Playable City Tokyo 2018」イベントレポート

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2020年に向けて、東京の町は日々進化を続けている。特に、再開発が進む渋谷駅周辺にはいくつもの巨大ビルが建設され、昨日と全く同じ景色を見ることが難しい。

最先端のテクノロジーやビジネス、エンターテイメントが集結し、世界中から注目を集めている東京。そんな東京をもっと進化させるために、必要なことはなにかーー。

2018年9月28日、未来の東京の在り方を考える「Making the City Playable 2018 コンファレンス」が開催された。「Playable City」は、英国のメディアセンター・ウォーターシェッドが2012年に立ち上げたプラットフォームだ。"遊び"を通して人と都市の出会いを促し、新しい町づくりに挑んでいる。本イベントは、英国外で初となる国際会議となった。

当日は、齋藤 精一氏(株式会社ライゾマティクス 代表取締役社長)、クレア・レディントン氏(ウォーターシェッド CEO/クリエイティブ・ディレクター、UK)、若林 恵氏(黒鳥社 ディレクター)など、国内外で活躍するスピーカーが登壇。さらに、8ヶ国の約30名のクリエイター、プロデューサー、研究者なども参加した。

本記事では、江戸の暮らしと対比しながら「未来の東京」のあり方を探った若林氏による基調講演を中心に、当日の様子をお伝えする。

"Playable"な町づくりは、子どもの遊びをお手本に。"流動的なルール"が、東京をアップデートする

過去を振り返ると、未来へのヒントが見えてくることがある。では、東京にとっての過去とはなにか?それは、約150年前まで続いた「江戸」に他ならない。

若林 恵氏は江戸を例に挙げながら、東京をPlayableな町に進化させるために必要なことを示唆した。

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若林恵氏

若林氏がスライドに映したのは、江戸時代の商いの姿を絵で紹介した『江戸商売図絵』だ。都市を形成するのは、そこに生きる人びとである。過去と現在の都市を比較する上では、それぞれの時代における、人びとの生活に目を向けるとヒントが浮かび上がってくる。同書によれば、江戸の町に生きる人びとは、今よりも"楽しそう"だったという。

若林恵氏(以下、若林):江戸の町には、いたる所に物売りがいましたし、お布施を求めて歩いている山伏もたくさんいました。さらに興味深いのが、「スタスタ坊主」や「わいわい天王」と呼ばれる人たち。彼らは、頼まれていないのに人の家の前で勝手に念仏を唱えてお金をせびるんです(笑)。人びとは、そんな彼らにお金を払っていましたし、「お金のためなら、なんでもやる」ということが普通に通用していたんですよね。当時は「士農工商」という厳格な身分制度があったので、決して平等な社会ではありませんでしたが、なんだか楽しそうですよね。

明治維新を境に江戸は東京へと名前を変え、産業革命が起き、資本主義社会へと移行していった。さらに20世紀末に登場したインターネットによって、日本経済は大きく成長した。2014年にGoogleと野村総合研究所が行なった調査によれば、2011年では19.2兆円だったインターネットGDPは、2014年度には約23兆円にまで伸長している。江戸時代に比べて、東京で生きる人びとの、一人あたりの所得は遥かに高い。しかし一方で、「楽しそうに生きる人」は減少した。若林氏はその原因を、アメリカの人類学者デヴィッド・グレイバーの論文を紹介しながら、説明する。

若林:グレーバーは、2013年に発表した論文『On the Phenomenon of Bullshit Jobs,』の中で、「20世紀以降、世の中にはBullshit Jobsーーつまり、"クソどうでもいい仕事"が増えた」と言っています。

なぜなら、世の中にルールが増えすぎたから。人びとは効率化を求めて大量のルールを作ってきましたが、新しくルールができる度に、"クソどうでもいい仕事"が増えていったんです。ルールを遵守するために、大量の書類を書いたり、上司に確認をとったり...。無駄な時間が大量に発生するようになりました。

効率化を求めてルールを作ったはずなのに、そのルールが仕事を非効率にし、人びとの働くモチベーションも低下しました。イギリスの有力な調査会社YouGovの調査では、労働人口の37%が「社会に対して意味のある貢献ができていない」と答えたそうです。

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グラフィックファシリテーター・やまざき ゆにこ氏によるグラフィックファシリテーション。リアルタイムで講演内容が可視化されることによって、若林氏のメッセージがダイレクトに伝わってくる。カラフルなイラストは、会場の雰囲気も明るく演出していた。

東京を、人びとがもっと楽しく活き活きと過ごすことができる"Playable city"に進化させるためには、社会における"ルールの在り方"を改めなくてはいけない。若林氏によれば、そのヒントは子どもの遊びにあるのだそう。

若林:"Playable"とは、子どものように柔軟な発想を持つこと。子どもたちは常に、その場に応じたルールを作りながら遊んでいます。たとえば、小学6年生の子どもたちが遊んでいるところに小学3年生の子どもが混ざった場合、体の大きさも年齢も違う"新入り"の子向けにその場で新しくルールが作られる。だからこそ、毎回新しい発見があって面白いんですよね。

"Playable city"に進化させるためには、都市においても時と場合に応じてルールを変えていくことが必要です。これからの東京には、そうしたルール作りを主導できるクリエイティブプロデューサーが必要になってくるのではないでしょうか。

人の能動性を促し、当たり前の風景を見過ごさない。東京を創造性溢れる町にするために

基調講演の後は、国内外で活躍するスピーカーによるプレゼンテーションやパネルディスカッションが行われ、それぞれが考える"Playable"が語られた。

株式会社グランドレベル代表の田中 元子氏は、「人の能動性を発露することが"Playable"だ」と話し、自身の運営するランドリー付き地元コミュニティ「喫茶ランドリー」を紹介した。田中氏は、喫茶ランドリーに訪れた人に対して、なにかを働きかけることはしないそうだ。人びとは"放っておかれる"ことで、それぞれが自発的に好きなことをして、楽しそうに時間を使うのだという。

午後には、"Playable cityの創造"の実践編となる、ワークショップも開催された。ウォーターシェッドが展開している世界のクリエイティブ・プロデューサー育成プログラム『クリエイティブ・プロデューサー・インターナショナル』の参加者たちが、ファシリテーターを務めた。

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宇宙人になりきって行うワークショップ「Uchujin」は、地球の常識を知らない宇宙人の視点から、都市を観察するもの。参加者の一人は、地名が書かれた看板を観察し「地球人は、地名をわざわざ書かなければその場所を覚えられないのか?」と話し、普段当たり前にある風景の本質を問い直した。

"Playable"は、終わりのない探求。人が楽しめる"遊び場"を作り続けることが重要

最後に行われたクロストークには、齋藤 精一氏、クレア・レディントン氏、ティーン・ベック氏、若林 恵氏、三輪 美恵氏らが登壇。『SENSORS』の番組MCを務める齋藤氏は、2015年の日本上陸時から、Playable cityに携わってきた。同氏は以下のように述べ、イベントを締めくくった。

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(左から)三輪美恵氏、若林恵氏、齋藤精一氏

齋藤:都市を「遊び」でアップデートさせるのは、クリエイターです。しかし都市を管轄するのは「行政」。ですから、クリエイターと行政が手を取り合う必要があるんです。

2020年に向けて、日本の行政も常に「なにかしたい」と考えていますが、失敗するリスクがあることには手を出したがらない。しかし、"Playable"とは終わりのない探求なので、一度で結果が出るものではないんです。「成功しそうだから、やる」ことではありません。東京をPlayable Cityにするためには、試行錯誤を繰り返しながら、さまざまな「遊び」に挑戦し続けることが必要なのではないでしょうか。


エンタメも仕事も、東京には世界中から最先端のものが集結している。そんな東京をさらに魅力的な都市にするためには、そこで過ごす人びとの体験を豊かにすることが重要だ。「遊び」を取り入れることによって、東京はもっと楽しく、面白い都市へと進化していくのではないだろうか。

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
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縦型動画にドキュメンタリー性を感じる理由。スマホ時代のコミュニケーションをメディアの観点で語る

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「写真家・映像作家と考える『表現のイマ』」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは写真家・映像作家の奥山由之氏だ。

全5回にわたってお届けする第2弾記事では、奥山氏の掲げる信念「意識的に無意識をつくる」「フィルムで撮る」をテーマに行われたディスカッションの様子をお届けする。

前半は、"全編スマホ撮影"で大きな話題を呼んだnever young beach「お別れの歌」のミュージックビデオを一同で鑑賞。「縦型動画にドキュメンタリー性を感じる」と話す奥山氏に、落合がメディア学の観点からその理由を解説した。

後半は、フィルム撮影にこだわる奥山氏に、その理由について話を伺う。多くのフィルムカメラを愛用し、「利便性だけを理由にデジタルカメラを選ぶことはしたくない」と話す奥山氏の、写真表現に対する真摯な姿が垣間見れた。

共に表現者である落合、齋藤との対話から、奥山氏が持つ「表現への熱き想い」を解き明かしていく。

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(左より)奥山由之氏、齋藤精一

縦型動画には"リアリティ"が宿る。"全編スマホ撮影"のミュージックビデオが感情移入を誘う理由

草野:
それでは、次の信念について伺いたいと思います。「意識的に無意識をつくる」です。
奥山:
まさにその信念を体現したのが、この作品です。

奥山氏が流したのは、2016年に自身が監督を務めた、never young beach「お別れの歌」のミュージックビデオ。全編スマホ撮影で、「彼氏が撮影した彼女との日常」を再現したフェイクドキュメンタリーだ。彼女役を演じたのは、人気女優の小松菜奈氏。リアリティある映像は多くの若者の心を掴み、公開後僅か5日で再生回数30万回を記録した。本作は、齋藤が審査員を務めた第21回文化庁メディア芸術祭にて、審査委員会推薦作品に選出されている。

奥山:
以前から、「スマホで撮影した映像は、ドキュメンタリー性が高い」と感じていたんです。ただその理由は、スマホで撮影された映像のほとんどが実際にドキュメンタリーだから、ということだと思うんです。スマホの普及とともに、縦型映像が僕らの生活に入り込んできて、それらのほとんどは当然日常の中で撮影された、ある種のドキュメンタリーだった訳で。僕らは、無意識のうちに、縦型=ドキュメンタリーの意識を刷り込まれていた。縦型、広角レンズ、クリアな色合い=ドキュメンタリーである、と。縦型だと画面に幅がなく、人物以外の余計な景色が入らないので、皆がスマホを用いて無意識に撮影したくなる映像と親和性が高いんですよね。身近にいる人物にフォーカスすることが多い。だから、いくら有名な役者さんがお芝居をしていても、無意識に刷り込まれている意識によって、絶妙なリアリティを脳内で錯覚してしまう。「恋人との別れ」をテーマにしたこの曲には、恋人との日々を記録した動画を記録的に見ていくような映像がぴったりだと思ったので、実践してみました。
落合:
たしかに「別れた彼女との思い出を見返している」ようなリアリティがありますね。
奥山:
僕らがなぜ、縦型動画にすぐ馴染むことができたのか、気になりますね。映画やテレビなど、普段目にしている映像作品は横型なのに、スマホが登場したとき、横向きにして動画撮影する人は少なかった。
落合:
1973年にゼロックスが開発したコンピューター「Alto(アルト)」は、縦型の液晶画面なんですよ。その後にダイナブック構想で出たコンピューターも、縦型でした。しかし、パソコンで映画などの映像作品を視聴できるようになったので、横型液晶に変わっていったんですよね。
奥山:
そうだったんですね。
落合:
二人称視点、つまり相手と自分がいて成立するメディアは、縦型が主流ですね。僕は大学でメディア学を教えているので、そういった分析もしているんです。動画を介してコミュニケーションできる「Snapchat」なんかはまさに、縦型画面だからこそ成り立つメディアです。このミュージックビデオも二人称視点だから、より身近に感じるし、音よりも映像のインパクトが強い。そこがすごく良いですね。
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(左より)齋藤精一、落合陽一、草野エミ

奥山:
撮影に入る前、色んな人のスマホに入っている、恋人を撮影した動画を見せてもらったんです。すると、いくつかの共通点が見つかりました。まず、長尺のものが多い。つまり、意味のないシーンばかりなんです。撮っているタイミングにも傾向があって、やっぱりどの動画も楽しそうで、被写体の表情も豊かでした。そして画角にも共通点があって、近い距離感で撮られたものがやっぱり多い。場所も屋内である場合がほとんどです。それらの傾向を、作品に散りばめました。
齋藤:
初めてこの作品を見たときに「奥山さんはこの女優さんと付き合っているんじゃないか」と思いました(笑)。被写体との距離がすごく近いから。普通、こういう絵は被写体との関係値がないと撮れないんですよね。僕の知り合いの映画プロデューサーも、出演者との関係値をつくってから撮影に入ると言っていましたし。
奥山:
もちろん、撮影で何回かしかお会いしたことのない方ですよ...。
齋藤:
好きになりませんでした?
落合:
齋藤さんが、飲み屋の面倒くさい人みたいになっている(笑)。すげえハマってるじゃないですか。
齋藤:
そう、ハマってるの。あの撮り方って、なかなかできないですよ。女優さんの演技も、撮影も、もちろん使っている機材や自然光のライティングも、細部まで計算し尽くされてますよね。

この作品を見ていると、人生の引き出しを開けられているような感覚に陥いるんですよ。ああいう映像って、誰しもが撮っているものなので。これはさっき話していた「少人数に向けて作ったものが大勢の心に響く」という話にもつながりますよね。一人ひとりの引き出しを開けていくことが、共感につながっていくというか...。
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奥山:
忘れていたような「引き出しを開ける」のを意識的に行うのが、すごく難しいんです。本人も忘れかけていたような些細な感情を呼び起こすことなので、簡単なことではありません。なので、あらゆるプロフェッショナルの力を集結させて、意識的に無意識をつくりだしました。髪型もちょっとずつ短くしたり、背景美術も実はかなり作り込んでいるんですよ。無意識に日常にあるものを意識的に配置するために。
草野:
撮影期間は、どのくらいだったのでしょうか?
奥山:
1日半の撮影で、「誰かのスマホに入っている約3年分の記録」という定を再現しました。まず普通に編集してみたら、2時間超の作品になったので削って削って、10分以内に収めました。
落合:
スタイリングも大変そうですね。
奥山:
小松さんがマスクをつけているシーンがあるですが、スタイリングを担当した伊賀大介さんが「現実にはマスクをつけている人が多いのに、映像作品ではつけている人がいないよね」と仰っていました。無意識に行なっている"マスクはをつける"行為は、意識的につくられた映像作品には登場しない。だからこそ、意識的に無意識を取り入れることで、ドキュメンタリー性の高い作品に仕上げました。

"刹那"を伝えるために、フィルムで撮る。奥山由之の写真には、なぜ共感が宿るのか?

草野:
それでは3つ目の信念にいきましょう。「フィルムで撮る」です。奥山さんは、すべての写真をフィルムカメラで撮影されているんですよね?
奥山:
はい。フィルム写真はデジタル写真に比べて、写真の選定が冷静にできるんですよね。撮ったその瞬間に確認できるとなると、撮影者の温度感や興奮も影響した上で判断することになってしまう。けれど写真って、すごく刹那的な表現じゃないですか。だからその時によって捉え方も大きく変わる。

フラットな視点で「いい写真」を選ぶためには、一度冷静になる必要があるんです。フィルム撮影にこだわるのは、シャッターを切ってから写真を確認するまでの間の時間を強制的につくるため。そうしないと、本当の意味で鑑賞者に寄り添った意識で写真が選べないと思っています。もちろん、フィルム写真の質感や色味が好きだということもありますが。
落合:
デジタル撮影とフィルム撮影では、シャッターを切る瞬間の心構えが全然違いますよね。デジタルカメラだと、撮影した画(え)をすぐにモニターで確認できるけど、フィルムカメラは現像するまで、どんな画が撮れたのかわからない。まるで、ガチャポンのようだと思います。
草野:
落合さんはデジタルカメラとフィルムカメラ、どちらをよく使いますか?
落合:
たまにフィルムカメラも使うこともありますが、デジタルカメラの方が多いです。小学生の頃からデジタルカメラを使っているので、使い慣れているんですよね。
奥山:
デジタルカメラとフィルムカメラって、どうしても地続きに語られてしまいますが、卓球とテニスくらい違うものだと思います。写真に対してのアプローチが全く異なるんですよね。
草野:
「写ルンです」も愛用されているんですよね?
奥山:
そうですね。POCARI SWEATの広告写真の撮影でも、使用しました。
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奥山氏の写真集「POCARI SWEAT」より

約300人の高校生が踊る姿を捉え、"たった一枚で受け手の感情に強く残る"という広告写真の本質に挑んだ「POCARI SWEAT」の駅貼りポスターは、広告業界でも高い評価を得た。スタジオには、1万を超えるカットの中から厳選した写真約123点が収録された写真集「POCARI SWEAT」が用意され、一同が鑑賞した。

奥山:
シャワーを浴びているこの写真は、「写ルンです」で撮影したものです。
落合:
これはなかなか撮れない瞬間ですね。こういう派手な色合いとかは、最新の撮影機材で出すのは難しいんです。2枚しかレンズがついていないような、使い捨てのカメラじゃないと出せない。最近は「写ルンです」のような絵が撮れるレンズも出ているんですよ。うちのラボにも何個かあって、みんなで触っています。
草野:
奥山さんは、何種類のカメラを使い分けているんですか?
奥山:
20種類くらいです。状況によって、何を使うかを判断します。光の入り具合などをみて、最適な機材を選んでいます。
草野:
デジタルカメラでは、絶対に撮らないんですか?
奥山:
先ほどお話ししたように、現像までの時間を置きたいので今は選択肢にないですね。しかし、「デジタルカメラでしかできない表現」もあるので、そういう表現がしたくなったら、使うかもしれません。利便性だけを理由に、デジタルカメラを選ぶことはしたくないんです。
落合:
映画「るろうに剣心」を撮影した大友啓史監督は、「デジタルカメラだからこそ、何カットも撮影できた」と仰っていましたね。大量なカットを撮影する場合、フィルムカメラだと莫大なコストがかかりますから。
奥山:
そのように、絶対的な量があるからこそ面白くなる作品であれば、デジタルカメラを使うかもしれません。
草野:
奥山さんは、日常生活でスマホ撮影もしますか?
奥山:
スマホのカメラは、記録用に使っていますね。たとえば、いい撮影場所を見つけたとき。テキストでその場所をメモしておくこともできますが、写真で記録した方が早いので、視覚情報を手軽に残せるスマホで、写真を撮っています。つまり、文字にも変換出来るような事柄はスマホで撮ることも多いかもしれないです。
草野:
メモ帳のように使っているんですね。

続く第3弾記事では、「今の時代における広告表現」「今のドキュメント」をテーマに現代における表現を思考する。

前半は「広告表現のイマ」について、奥山氏と齋藤の議論が展開された。「青春」を表現したPOCARI SWEATの広告写真を、齋藤は「本来の広告はこうあるべきだ」と賞賛。数々のクライアントワークをこなす2人は、「広告表現への向き合い方」について意見を交わした。

後半は齋藤からのキーワード「今のドキュメント」をテーマにトークが展開。「人は突然の雨に、ときめきを感じている」と話す奥山氏に、その真意を問う。さらに話は「時間の流れ方」にも及び、落合からは「未来から過去に時間が流れていると思っている」という発言も飛び出した。

アーティストとして俯瞰的な視点を持つ3人の議論から、表現の本質を紐解いていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一が小松菜奈に悶絶!?ゲスト:奥山由之( 表現のイマ 2/5))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

奥山由之が写真集「POCARI SWEAT」で写した"青春"とは?エモーショナルを喚起するシャッターの押し方

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「写真家・映像作家と考える『表現のイマ』」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは写真家・映像作家の奥山由之氏だ。

全5回にわたってお届けする第3弾記事。前半は、奥山氏が手がけたPOCARI SWEATの広告写真を見ながら、撮影時のこだわりを伺った。齋藤は同広告を「エモーショナルだ」と称し、現代における広告の在り方について、議論が交わされた。

後半は齋藤からのキーワード「今のドキュメント」をテーマにトークが白熱。「人は『突然の雨』にときめきを感じている」と話す奥山氏に、その真意を問う。さらに話は「時間の流れ方」にも及び、落合からは「未来から過去に時間が流れている」という発言も飛び出した。

アーティストとして第一線で活躍する3人は、俯瞰的な視点を持つ。「人の心の在り方」に注目し、表現を志向する彼らの対話から、表現の本質を探る。

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(左より)奥山由之氏、齋藤精一、落合陽一、草野エミ

「青春を全力で肯定した」ーーPOCARI SWEATの広告写真に込められた想い

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奥山氏が手がけた「POCARI SWEAT」の広告写真をまとめあげた写真集

落合:
POCARI SWEATの広告写真に映っている高校生たちは、オーディションで選ばれた人たちなんですか?
奥山:
そうですね。
落合:
全員、番号札が貼ってありますもんね。この写真があることで「青春」がより伝わってくる。彼らは、このCMに出るために必死で頑張ったわけじゃないですか。本気で頑張っている人の青春ってすごくかっこいい。それが感じられるのが、いいですね。
奥山:
もともと「こういう画を撮ろう」とイメージしていたわけではないんです。撮影中は、とにかく「彼らの『青春』を全力で肯定する」ことだけを考えていましたね。
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草野:
広告写真を撮影するときに、いつも心がけていることはあるんですか?
奥山:
その広告で伝えたいメッセージを、自分の体内に取り込んで、理解してから撮影に臨みます。たとえばPOCARI SWEATであれば「青春」。踊っている高校生の姿を全身で感じながら、写真に落とし込みました。個人的な気持ちが入らなければ、いい写真が撮れないんです。

とはいえ、「自分の思想と合致しなかったら、撮りたくない」わけではないので、まずクライアントさんやスタッフさんとの会話を重ねて、その考えを自分の体内に取り込んでいきます。広告であっても自分の作品であっても、基本的な姿勢は変わらないですね。
齋藤:
本来の広告は、こうあるべきですよね。もちろん「安い」、「美味しい」といった直接的な訴求をするのも、ひとつの手です。しかし、人の心に深く刺さるのは、誰しもが持っているけど、日常的に口に出すことはないような感情を呼び起こすものだと思います。昔の日本には、こういうエモーショナルな広告がなかったですね。
奥山:
そうなんですね。
齋藤:
2013年に、ライゾマティクスでKDDIさんのCMを制作したのですが、当時は「商品を前に出してほしい」と言われていましたね。でも僕たちは、商品の直接的な訴求はせずに、商品を使って実現し得る「未来の都市」をCGで表現したんです。人びとの「ワクワク」を引き出したんですね。結果的に、そのCMは多くの人から反響を得ることができました。

僕が一番好きなCMは、ソニーのウォークマン「Play You」のCMです。「Play You」で音楽を聴きながら歌う新垣結衣さんと共に、全国から集まった人たちが歌っているんですよね。直接的に商品を宣伝していないけど、心に残るんですよ。
落合:
一緒に口ずさみたくなりますよね。

人は、変化が好きな生き物。思想をアーカイブする「写真」に、人々がときめく理由

草野:
MCのお2人から奥山さんに聞いてみたいキーワードをお預かりしています。まずは、齋藤さんからいただいたキーワード「今のドキュメント」。
齋藤:
今の時代、もの凄い速さで色々なものが変わっていくじゃないですか。なので僕は、2023年くらいまでの「今」をドキュメントとして残したいと思っていて、データを残しているんですね。街や人の「今」を記録しているんです。奥山さんにも、そういう欲求ってありますか?
奥山:
そうした欲求を抱く人がいることは理解できますが、自分にはないかもしれないですね...。
齋藤:
1964年に東京オリンピックが開催された時もそうですが、新しいものが生まれる裏では、色々なものが捨てられているんですよね。東京オリンピックの写真を見るよりも、今とは違う当時の街並みが写っている写真を見る方が、盛り上がります。だから今、2020年に向けて捨てられていく「今」を記録しているんです。
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奥山:
微妙に話がずれてしまうかもしれないのですが...。人って、結局のところ変化が好きなんだと思います。いい変化だけではなく、悪い変化であっても、心のどこかで、実はときめいている。最近観た演劇で「人は"突然"が大好きなの。突然の雨にみんな『参ったな』と言うけれど、本当はその状況を喜んでいるの」といったセリフがあって、共感したんですよね。
齋藤:
たしかに、みんな変化にときめいているのかもしれない。
奥山:
僕は「数十年前に撮影された渋谷の写真」とかを見るとすごい興奮するんですよ。今はなき街並みが映っているので。それもやっぱり、瞬間的に変化を認知できるからだと思います。
齋藤:
それは先ほど話していた、「感情の引き出しを開ける」ことに似ていますよね。人間は変化を恐れながらも、変化を求めているのかもしれない。それらは表裏一体で、変化の背景には、色々な欲望が渦巻いているんですよね。
落合:
昔の写真を見ていると、マスメディアの影響力の強さを感じますよね。昔の渋谷で撮影された写真を見ると、同じ格好や髪型をしている人たちばかりなんですよ。でも彼らは当時「自分は人と違う」と主張していましたよね。同質性の中で我が道を模索していた。マスメディアの影響力が弱くなるにつれて、その風潮は廃れました。その変化は面白いなと感じますね。
奥山:
たしかに。
落合:
日本の学校教育も、すごくマスメディア的なんですよね。たとえば制服。100年先の未来人からしたら、制服を着る意味がわからないと思います。しかし「制服を着る」ことは、ひとつの日本文化でもある。そういうマスメディア的な思想をアーカイブしておかないと、もったいない気もしますよね。
草野:
私は、80年代に撮影されたホームビデオを観るのが好きですね。そこに映っているお年寄りの方はもういなくて、赤ちゃんはおじさんおばさんになっている。でも、そこに映っている建物は今も変わらずあるということに、すごくときめくんです。
落合:
なぜ、そこにときめくんですか?
草野:
二度と再現できないシーンだからです。
落合:
なるほど。草野さんは、過去から未来に向けて時間が流れていると思うタイプなんですね。
草野:
落合さんは違うんですか?
落合:
僕は、未来から過去に向かって流れていると思っています。木に掘った相合傘を見た場合、草野さんは懐かしさを感じるタイプ。僕の場合は「あの時に掘ったものを発見した」と思うタイプですね。
草野:
映画『バックトゥザフューチャー』みたいですね。
落合:
そうそう。あれは未来から過去に向かって時間が流れていますよね。

続く第4弾記事では、奥山氏の内面をより掘り下げていく。

前半は、落合の提示したキーワード「ビジネスモデル」をテーマにトークが展開。「写真そのものが好きではない」と話す奥山氏は、なぜカメラをかまえ続けるのか。「表現者」としての仕事論を探っていく。

後半は、奥山氏から投げかけられた「未来の写真と映像」について、濃密なディスカッションが交わされた。落合、齋藤の深い考察から、「フィルム写真」や「レコード」といったアナログブームが起きた理由を探る。

さらに「アーティストとしてのブランドが確立した転換期」についても話題が及び、3人のもとに舞い込む仕事の依頼形式まで明かされた。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一は未来人!?ゲスト:奥山由之( 表現のイマ 3/5))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

フィルムカメラブームが教えてくれる、デジタル全盛期に人がアナログ回帰する理由

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「写真家・映像作家と考える『表現のイマ』」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは写真家・映像作家の奥山由之氏だ。

全5回にわたってお届けする第4弾記事。前半は、落合が提示したキーワード「ビジネスモデル」をテーマにトークが展開。「写真そのものが好きなわけではない」と話す奥山氏の「表現者」である理由を紐解いた。

後半は、今回特別に設けられたMC陣への質問コーナーの様子をお送りする。奥山氏から投げかけられたテーマ「未来の写真と映像」について、濃密なディスカッションが交わされた。奥山氏は、「フィルム写真」や「レコード」といったアナログブームが起きたのは「人びとが情報の"粒"を欲している」からだと分析する。

さらに「アーティストとしてのブランドが確立した転換期」についても話題が及び、3人のもとに舞い込む仕事の依頼形式まで明かされた。

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(左より)奥山由之氏、齋藤精一

今と昔で大きく変わった、写真家のビジネスモデル

草野:
それでは、次のキーワード「ビジネスモデル」についてお伺いしたいと思います。これは、落合さんに挙げていただいたものですね。
落合:
昔と今で、写真家のビジネスモデルが120%変わったと思うんですよ。たとえば、蜷川実花さん。彼女の撮る写真は、極彩色の世界観が特徴です。肩書きは写真家だけど、独特のビジュアルイメージを創り出すアーティストでもある。インスタグラマーは写真を撮るのが仕事だけど、写真家とは言えないですよね。昔は「写真を撮る人=写真家」だったけど、その定義が変わってきているんです。その点について、どう思われますか?
奥山:
僕は「写真家」と呼ばれる人たちの中では、多様な活動をしている方かもしれませんね。先ほどもお話ししたように、意識的に色々なメディアで作品を発表していますから。なので僕はきっと、写真そのものが好きなわけではないんですよね。写真や映像の「表現」を通して、人の心に訴えかけることが好きなんです。表現をする方法は、写真や映像以外にもある。その事に気づいているか否かで、活動の幅が決まる気がします。
落合:
そうですよね。
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(左より)齋藤精一、落合陽一

齋藤:
奥山さんはさまざまなクライアントワークをされていますが、仕事の依頼はどのような形でくるのですか?ある程度枠組みが決まった状態なのか、それともお任せで来るのか...。
奥山:
自分で言うのも恥ずかしいのですが、ここ数年は「奥山さんの色を出してください」と言っていただけることが増えています。「写真か映像か」「何をテーマにするか」だけを共有されて、「後は奥山さんの自由に描いてください」と言われることが多いですね。
落合:
僕の場合、毎回そんな感じですよ。
齋藤:
そういった形での発注が増えはじめる転換期ってありますよね。
落合:
5年前くらいから、そうなりましたね。
奥山:
まさにそういう状態です。
齋藤:
個人のブランドが確立されると、「この人に頼めばなんとかなる」と思われるようになるんですよね。社会からの見え方が変わる瞬間って、クリエイターにとってすごく大事だと思います。
草野:
特に今の時代は、そうですよね。
落合:
ちなみに、僕は「落合さんならどうしますか?ゼロから考えてやってみてください」とよく言われます。まるで大喜利みたいに。1番驚いたのが「イカを売ってください」と言われた時です(笑)。イカのこと何も知らないのに...。
草野:
とんちですね。一休さんみたい(笑)。
落合:
最近だと、オーケストラの仕事もしました。
草野:
全力でやられていましたよね。
落合:
真面目なので、全部引き受けてしまうんですよ。
奥山:
僕は「イメージを一新したい」といった依頼がとても多いです。「ゼロからやってください」という依頼は、まだ来たことがないですね。
落合:
いきなり「イカ売ってください」と言う人が、現れるかもしれませんよ。
奥山:
イカを売りたいかは別として、自分が「好きだな」思えるものであれば、ぜひやりたいですね。自分が素直に「いい」と思えるものをつくって、みんなが幸せになったら嬉しい。それがビジネスとして回ったら、最高ですよね。当たり前の話ですが。
齋藤:
僕の場合、経営者でもあるので「やりたいけど、予算が足りない」こともあるんですよね。そこが難しいところでもあります。
落合:
アーティストとして僕個人が受ける仕事と、会社として受ける仕事は頭の使い方が全然違います。個人の仕事は自己責任なので、採算が合わなくても好きなものをつくります。会社の仕事だと利益が生まれない場合、暴動が起きるかもしれないので、好き勝手にはできない...(笑)。

なぜ、フィルムカメラブームが再燃したのか。情報過多の時代に、写真が優位性を保つ理由

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草野:
今回新たな試みといたしまして、MCのお2人への質問コーナーを設けました。奥山さんからお2人に、たっぷり質問していただければと思います。まず「未来における、写真と映像の関係性」について。こちらはどういった意味でしょうか?
奥山:
この10年で、主な表現形式が写真から映像に、徐々に変わってきていますよね。広告は特にその動きが顕著です。しかし単純に「写真が映像に置き換わった」わけではないと思っています。「動いているものに目がいってしまう」といった人間の動物的習性が影響している気がするんですよね。

とはいえ、写真には映像にない良さも当然ありますよね。そう考えたとき、写真と映像は将来的にそれぞれどのように活用されていくのか。10年前と今では驚くほどに世の中が変わったので、10年先がどんな世の中になるのか、僕には想像ができません。未来の社会で、人びとは写真や映像とどのように関わっていくのか、お二人の意見をお伺いしたいです。
落合:
写真と動画を見ているときの視覚的な違いは、2015年に出版した『魔法の世紀』にも書きました。アナログなものとデジタルなものを見ているときでは、捉える色が違います。写真はCMYK(反射色)、動画はRGB(発光色)で色が出力されています。
奥山:
そうですね。
落合:
個人的には、近年の写真は物質性が高まっていると感じますね。iPhoneやディスプレイの解像度が上がってきたので、被写体の素材感を鮮明に映すんです。「目の前にあるモノをフィルムに焼き付ける」というよりも「被写体の物質性を確認する」ために、写真がある気がします。

反対に、動画は波動のようなものだと感じています。たとえばプロジェクションマッピングは、映像というよりも舞台照明です。光に対する自由度が上がれば上がるほど、新しい表現が生まれていくのだと思います。
齋藤:
人間が求める情報量が、時代と共に変わっている気がします。映像も写真も、粒子の塊じゃないですか。粒子を1つの情報として捉えた場合、より多くの情報が求められる時代には映像が好まれる。情報過多になった時には、写真が増えていく。特に広告においては、その傾向があると思うんです。

広告に関して言うと、ひと昔前はユーザーがタッチできるインタラクションなものが好まれていました。しかし数年前から廃れていき、今はスライドショーのような静止画の組み合わせが好まれている。先ほどもお話ししましたが、人は変化を求めていながらも、恐れているんですよね。映像は見ていて楽しいけど、情報がありすぎると嫌になるというか...。
奥山:
なるほど。
齋藤:
「写ルンです」が、若い子の間で流行っているのも、同じ流れだと思います。チェキの売り上げも伸びていますしね。最新のポラロイドはよくできていて、スマホと連携できるんです。スマホでシャッターが押せるので、ファインダーを覗かないで撮れる。シャッターを切る時、スマホに映るのは鮮明な画像なのですが、最終的に出てくるのはポラロイドのアナログな写真なんですよね。
落合:
齋藤さんが、ポラロイド写真のような偶発性の表現を好むのは意外です。僕はライカで撮った写真を、ポラロイドで撮影していますね。ポラロイド写真の質感は好きだけど、偶発性の表現はあまり好きではないんです。まずは、意図的に撮影したい。
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草野:
奥山さんは、お2人の話を聞いてどう思いますか?
奥山:
今の時代は波動が飽和状態にあるけれど、人びとは物質的な表現を求めているということですよね。RGBで見る波動的な情報が増えたことで、CMYKで出力される物質的な質感が浮き彫りになって、そこに惹かれる人が多い。
落合:
CG作品がもっと増えてくると、写真の価値が高まる気がしますね。CGだと、すべて思い通りなものがつくれるじゃないですか。
奥山:
今、レコードブームが再燃しているのも同じ理由かもしれませんね。テープ、CD、MD、データと記録媒体が進化してクリアな音質に耳慣れているからこそ、レコードが出す音の粒感に魅力を感じる人が多いのだと思います。
落合:
その通りだと思います。技術が上書きされて、情報の粒度が細かくなればなるほど、一つひとつの粒自体に惹かれるというか...。
齋藤:
そういう時代になったっていうことですね。僕が若い頃は、画像の編集ソフトは1個のフィルターをかける間にタバコが1本吸えたんですよ。でも今は、早すぎてタバコを吸う暇がない(笑)。そういったテクノロジーの進化の影響は大きいですよね。

次回最終回となる第5弾記事の前半は、奥山氏からの質問をテーマにトークが白熱。「スマホの普及で、人びとの目線の角度が下がっている」と話す奥山氏。デジタル領域の最先端に立ち、未来を志向するMC陣に「デジタルメディアの普及は、人体に影響を及ぼしているのか」という質問をぶつけた。

後半は、奥山氏とMC陣によるブレストの様子をお届けする。それぞれが欲しい「理想の撮影機材」をテーマに繰り広げられた「未来の商品会議」ではトップクリエイターたちによる、夢溢れるアイディアが多数飛び交った。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一が解説するフィルムの物質性.ゲスト:奥山由之( 表現のイマ 4/5))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512


究極の自然体は「目」で撮影するーー奥山由之×落合陽一×齋藤精一が考える「未来の撮影機材」

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「写真家・映像作家と考える『表現のイマ』」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは写真家・映像作家の奥山由之氏だ。

全5回にわたってお届けする最終回の第5弾記事の前半は、奥山氏からMC陣に投げかけられた質問をテーマにトークが白熱。「デジタルメディアの普及は、人体に影響を及ぼしているのか」という奥山氏の問いかけに対して、齋藤から「日本人のDNAには、セーラームーンの姿が刷り込まれている」という興味深い話が飛び出した。

後半は、奥山氏とMC陣が欲しいと思う「未来の撮影機材」についてブレストを実施。「目をカメラにしたい」「脳内のイメージを映し出したい」など、トップクリエイターたちによる、夢溢れるアイディアが多数飛び交った。

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(左より)奥山由之氏、齋藤精一、落合陽一、草野エミ

「セーラームーン」は日本人の足を長くした?デジタルメディアと人間の関係性

草野:
MCのお2人への質問コーナー。続いての質問は「デジタルメディアの進化は、人体に影響を及ぼすのか」です。
奥山:
街ゆく人たちを見ていてここ数年で感じていることなのでが、 5年くらい前から、街中にいる人々の視線の角度が平均的に下がっていると思うんです。
落合:
どういうことですか?
奥山:
スマホを見ている時間が長くなってから、目線の平均角度が下がっていると思うんです。街中で誰かと偶然目が合うことも少なくなった気がしています。だから、昔の映画によくあった「目が合った瞬間に恋に落ちた」といったシーンは、もう共感を得られないと思います。スマホが登場して、人との出会い方も、感情が動くポイントも、恋愛の形も変わった。飛躍して言えば、メディアの進化は人体になんらかの影響を及ぼしているんじゃないかとも思うんですよね。それこそ、この先20年で表情とか骨格が変わっていくかもしれない。この点について、お二人はどう思われますか?
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落合:
これまでも生活の中に新しいメディアが登場するたびに、生活様式に変化が生まれてきましたよね。たとえば、食事の時間。テレビが一般家庭に普及してから、食卓で繰り広げられる会話は、番組に対する感想やツッコミが中心になりました。会話の批評性が高くなったんです。さらにスマホが登場してからは、スマホを見ながら食事をする人が増えた。僕の場合は、食事の時間にテレビ会議をすることも多いです。これからの時代は、ハングアウトで友達と話しながら飲み会をするのもありだと思います(笑)。
草野:
私はよく、リモート飲み会をしています。海外にいることが多いので。
落合:
齋藤さんと僕も今度、リモートで飲み会しますか(笑)?
齋藤:
やりましょう(笑)。メディアと人体の関係に話を戻すと、「VRゴーグルをつけ続けていると首がおかしくなる」と言われていますよね。他にもこんな話があります。以前お話しした解剖学の先生曰く、ある時代から、日本人の足が長くなってきたそうなんですよ。「『セーラームーン』や『プリキュア』などのアニメを観た人たちのDNAに、10頭身で描かれたキャラクターの姿が刷り込まれていて、それが人体に影響を及ぼしているのではないか」というのが、その先生の仮説です。
草野:
面白いですね。
齋藤:
本当かわからないですよ。でも、あり得る話だとも思います。我々は、あらゆるメディアからサブリミナルメッセージを受け取っていて、それらは人体に影響を及ぼしているのかもしれない。メディアと現実の境界が曖昧になっているんですよね。だからこそ、今後リアルな体験や空間の価値が高まる気もします。
落合:
それは、間違いないですね。
奥山:
体験型の展覧会も増えていますよね。
齋藤:
大衆に伝えたいメッセージがある場合、駅貼りのポスターよりも、リアルな体験の方が圧倒的に刺さりますよね。リーチする人の数が少なくても、エンゲージメントは高いので。
落合:
ヨーロッパのハイブランドは、オフラインの体験を重視していますよね。ブランドの価値を高めるために、クローズドなサロンをつくって、顧客にシャンパンを送ったり...。リーチの拡大を狙うのではなく、人の心に深く刺さる体験を提供した方が、本質的ですよね。
齋藤:
将来的に、スマホはインフラ化するとも思います。あと10年くらい使ったら、ある程度その特性が理解できるじゃないですか。そうすると「スマホの良さはわかった。でも俺はこっちが好きだ」と別のツールを使う人も出てくるはずです。デジタルカメラとフィルムカメラを使い分けるように、スマホも複数ある道具のうちのひとつになっていくと思いますね。おそらく「便利すぎて世の中がつまらない」と言い始める人が、今後増えるのではないでしょうか。
落合:
「コンビニでは買い物したくない」と言い出す人とかいそうですね。

撮りたいものが撮れる「理想の撮影機材」とはーートップクリエイターによる、未来の商品会議

草野:
最後は、ブレストのコーナーです。テーマは「こんなの欲しい!未来の撮影機材」。スマホのカメラもどんどん進化していますし、GoProや360度カメラなど、様々な撮影機材が登場していますよね。クリエイターである皆さんに、「今後こんな撮影機材があったらいいな」と思うものについて話し合っていただきたいと思います。未来の商品会議ですね。
落合:
僕の場合、研究者なので実際に「未来の撮影機材」を作っていますよ。一般的なカメラの30兆分の1のシャッタースピードで写真が撮れる機材とか...。
奥山:
すごい(笑)
落合:
僕が今欲しいのは、細胞の個体を撮れるカメラですね。もはや撮影機材と言えるかわからないですが。奥山さんは、どんな撮影機材が欲しいですか?
奥山:
撮影機材というよりも、目そのものをカメラにしたいですね。
落合:
目の光学中心に合わせたカメラなら、つくれますよ。ちょっと重いかもしれないけど。
奥山:
メガネくらいのサイズですか?
落合:
そうですね。つくろうと思えばつくれます。映画『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のような、長回しの映像は撮りやすくなるんじゃないかな。「Snapchat」を運営するSnap社も、メガネ型カメラを開発していますよね。
奥山:
カメラがあると、どうしても被写体の方が機械への意識をしてしまう。もし瞬きだけでシャッターを押せれば、もっと自然な表情を撮れると思うんですよね。「いいな」と思った瞬間にシャッターを切れる。カメラでは「いいな」と思った瞬間と、シャッターを押す瞬間には微妙にズレが生じてしまうんですよね。
齋藤:
「撮りたい」と思ってから、シャッターを押すまでに0.2秒くらいかかりますもんね。
奥山:
じーっと待って、一瞬のシャッターチャンスを狙う写真家の方もいらっしゃるのですが、僕にはそれができないんです。だから、いつシャッターを押しても自分のイメージに近い写真が撮れるような"空間作り"に力を入れるんです。なので、撮影は「空間をつくる」感覚なんですよ。
草野:
脳の動きに反応するセンサーをつけて、指に電流を流すとかできそうですね(笑)
落合:
報道カメラマンは、シャッター音が小さい「レンジファインダーカメラ」を好むんですよね。シャッター音が極力小さい方が、自然な写真が撮れるので。僕が今持っているこのカメラも、歴代のライカの中で1番シャッター音が小さいものです。
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落合:
脳内のイメージを映し出せる機材も欲しいですね。知り合いがfMRI(MRIを利用して、ヒトおよび動物の脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化する方法の一つ)を使って試作していましたが、MRIで撮影した画像に統計データを重ねているものなので、脳にあるイメージをそのまま映し出しているとは言えませんでした。
齋藤:
フィルムムービーカメラにも、もっと進化してほしいですね。業務用のムービーカメラ「Alexa」の後発モデル「ALEXA Mini」は小回りが利くので、撮れるものが増えたんですよ。クオリティは落とさずに、機材が小さくなっていけば、撮影の幅が広がりますよね。それが「目がカメラになる」話につながるのかもしれませんが。
落合:
カメラ愛好家としては、オールドレンズでもオートフォーカスができるものが欲しいです。カメラスキルって、カメラ側の調整を極めることで磨かれていくんですけど、レンズ側の調整はカメラに自動でやってほしいんですよね。
齋藤:
なるほど。
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落合:
人間の力だけでピントを合わせ続けるのは、難しいんです。そこはコンピューターの力をお借りしたい。うちのラボにいるメンバーは、こういうことを思いついた翌日には実際に機材を作っているんですよね。ただ、それをコンシューマー向けの商品にするまでには至っていないので、そこに頭を悩ませています...。
齋藤:
もはや撮影機材の話ではないのですが、マイクも進化の余地があると思います。ミュージカルの出演者って、肌色のマイクをつけているじゃないですか。あれはなんとかしてほしい。口の中にマイクを入れるとかできないのかと思います。
奥山:
僕も、ミュージカルのマイクは不自然だと思っていました。
落合:
歯をマイクに変えられるのなら、僕は変えますね。収録のたびにマイクをつけるのが面倒臭いんですよ。
齋藤:
それだけ小さいマイクが実現したら、エンターテイメントに革命が起きますよね。マイクがあるだけで、雰囲気が壊れません?
落合:
壊れますね。ネクタイみたいに、儀礼的だと思います。
草野:
スパイの世界では、ありそうですよね。
落合:
GoProのように、ファッション性の高いウェアラブル端末も増えてほしいですね。Googleグラスが普及しなかったのは、見た目がイケていなかったからだと思います。
落合:
肉眼で見た時の感覚に近い映像を生成する撮影技法で、ライトフィールド撮影というものがあるのですが、奥山さんはそれを使ってみたらいいんじゃないですか?
奥山:
そんなものがあるんですね。試してみたいな。
草野:
そろそろ終わりの時間となりました。奥山さん、いかがでしたか?
奥山:
落合さんの「明日にはつくれるけどね」という発言がとてもかっこいいと思いました。僕もいつかそういう発言がしたいです。
落合:
今回は、みんなのプロ意識が高すぎましたね(笑)
齋藤:
このブレストシリーズを起点に、新製品も開発や実験ができたら面白いですね。
草野:
SENSORS発の新製品、楽しみにしています!

時代の変動を冷静に見つめ、人びとの感情の動きに目を向ける。そして、それを自身の心に投影し、作品に落とし込む---。奥山氏が「気鋭の写真家・映像作家」と呼ばれる背景には、徹底的に「人の感情」に向き合う姿があった。

大切な人が微笑んだとき。仲間と熱狂する時間。「嬉しい」や「楽しい」などでは表せない感情が心に湧き上がる。人を惹きつける表現とは、そうした「言葉では表せない感情」を表象したものではないだろうか。

今後、VRやARの民主化が進んでいくだろう。しかしどんなにテクノロジーが進化しても、人間の本質---感情を持つ生き物であることは変わらない。「表現」を技術による演出と捉えるか、人の感情のスイッチを押すこと捉えるか。誰でも創作物を世界に向けて発表できる「1億総クリエイター時代」の分かれ道は、表現の根底にある信念にあるのではないだろうか。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一のカメラ話は止まらない!ゲスト:奥山由之( 表現のイマ 5/5))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

現代の「死」を発明せよ。金沢21世紀美術館「DeathLAB」キュレーターが追究する、近代的な人間観が滅びた後の芸術

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「死」という言葉を耳にして、何を思い浮かべるだろうか。 忌まわしいもの。非日常的なもの。突然訪れるもの。命の終わり。―そんなイメージが湧き出てくる。

しかし、歴史を紐解くと、こうしたイメージは18世紀から20世紀の間につくりあげられてきた先入観に過ぎず、当たり前のものではなかった。むしろ、古来より人間は「死」に親しみを持っていたのだ(※1)。

金沢21世紀美術館では、そうした現代の「死」のイメージを疑い新たな形を問いかける、「DeathLAB:死を民主化せよ」という展覧会が行われている。コロンビア大学にある最先端の「死の研究所」の総体を紹介するこの企画は、都市における「死」をめぐるさまざまな問題―人口集中とそれに伴う深刻な墓地不足、少子高齢化、無宗教を支持する人の増加、火葬の二酸化炭素排出による環境負荷など―を解決するため、これまでにない葬送の方法を提案している。

新しい「死」の形は、いかにして表現されるのだろうか。本展覧会の企画を担当した金沢21世紀美術館学芸員・髙橋洋介氏に、DeathLABとの出会い、企画の意図から、キュレーターとして探求しているテーマまで話を伺った。

※1 フィリップ・アリエス『死と歴史 西欧中世から現代へ』伊藤晃・成瀬駒男訳、みすず書房、1983

異質なまでのシンプルさが、周囲のスペースに溶け込む展覧会「DeathLAB:死を民主化せよ」

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撮影:木奥惠三
写真提供:金沢21世紀美術館

「DeathLAB:死を民主化せよ」の展示スペースは、金沢21世紀美術館の一角、透明なガラスに囲われた場所にあった。洗練された雰囲気を醸し出しながらも、透明な壁から外の光が多分に差し込んでいるせいか、周囲のスペースと融け合い、一体化しているかのような印象を受けた。

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撮影:木奥惠三
写真提供:金沢21世紀美術館

中へ足を踏み入れると、動画が映し出されたモニター群が柱に掛けられており、さらに奥には不思議な形の建築模型が置いてある。金沢21世紀美術館は、外から覗くと服を着たままプールの中にいるように見える「スイミング・プール」、見る場所や太陽光の差し込み具合によって見える世界の色合いが変わる「カラー・アクティヴィティ・ハウス」など、派手で"インスタ映え"するような作品のイメージが強い。それらと比べ、本企画の展示は、美術館の外観に似て、異質なまでにシンプルだった。

柱に掛けられたスクリーンには、DeathLABの概要や、今まで手がけてきたプロジェクト、哲学者や民族学者、建築家らによる死についてのインタビュー動画が流れていた。これらを見れば、DeathLABがなにを目指し、どのようなプロジェクトに取り組んでいるのか、全貌が理解できるようになっている。

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撮影:木奥惠三
写真提供:金沢21世紀美術館

奥にある建築模型は、2014年に構想された《星座の広場》というプロジェクトの、3Dプリントによる再現である。棺の中の遺体を、バクテリアが1年かけてゆっくりと分解し、分解の際に生じるエネルギーで棺を光らせるというもの。死者が光となり、いまを生きる人々を照らすという意味では、まさに「人は亡くなった後、星になる」という詩的な想像力を現実のものにしている。

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DeathLAB 《星座の広場》 2014
©LATENT Productions and Columbia GSAPP DeathLAB

しかし、これは単なる詩ではない。ニューヨークや東京をはじめとしたさまざまな都市で社会問題化している墓地不足や環境破壊、エネルギー問題の解決策のひとつとなるとともに、都市の中で、いまを生きる人を死者が光となって寄り添うような世界が訪れる―そんな新たな「死」との向き合い方を予感させる展覧会だった。

DeathLABに宿る、近代社会への強い批評性

金沢21世紀美術館の中でも、一際異彩を放っていたDeathLAB。企画を実現するに至った経緯について、キュレーターの髙橋洋介氏に話を伺った。

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金沢21世紀美術館学芸員 髙橋洋介氏

髙橋氏は、遺伝子組み換え技術を用いた芸術を中心に、バイオアートを専門的に扱う国内唯一のキュレーターとして知られている。今回のDeathLABをはじめ、初音ミクのDNAをウェブ上で作り、iPS細胞に挿入して心筋細胞を生成した展覧会「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」(2015)、エドワード・スタイケンが生み出した新種の花を、バイオアートの起源としてニューヨーク近代美術館が所蔵する記録写真とともに80年ぶりに展示した「死なない命」展(2017)などを手がけてきた。

DeathLABとの出会いは、2015年に六本木ヒルズで開催されたカンファレンス「WIRED CITY 2015」 。コロンビア大学院建築学部「DeathLAB」のディレクターを務める建築家・カーラ・マリア=ロススタイン(以下、カーラ)とアフターパーティーで展覧会の可能性を議論し、彼女の考え方に、日本古来の思想とも相通ずる普遍性を見たそうだ。

髙橋洋介氏(以下、髙橋):カーラは西洋近代の個人主義的な死生観を切断し、近代が失った、良い意味で「前近代的な」文化を、現代のバイオテクノロジーを応用した建築によって復権しようとしています。

西欧の近代社会は「死」を命の終わりと捉えて畏怖してきたが、日本には古来より「魂は循環し、祖先とともに生きる」と考える死生観があった。たとえば、巨大な石を集落の真ん中に円形に並べ、巨大な日時計にした秋田県の縄文遺跡「大湯環状列石」。あるいは、本来の仏教は成仏することが前提なのに、お盆はそれに反して、年に1度死者が帰ってきて生者と食をともにし、ダンスを踊るということになっている。「これらは、生命の循環を表現する文化的なシステムの、よい例だといえるでしょう」と髙橋氏は語る。

髙橋:カーラは、このような「人間は自然の一部であり、死は終わりではなく、次の命の始まり」という認識のもと、「死」を快適な生活を邪魔するものとして排除するのではなく、都市生活に寄り添うものとして再統合するため、DeathLABプロジェクトに取り組んでいます。そこに、欧米の近代社会の前提を根底から覆すことすら可能かもしれない、強い批評性を感じました。

最新テクノロジーを駆使し、都市の中心に死者の場所をつくりだそうとするカーラのプロジェクト。死者を忌むべきものではなく、社会の未来を支える親しみのあるものと考える点で、縄文時代から続く日本土着の文化と親和性が高いと、髙橋氏は考えている。

また、近代建築の文脈から見た面白さもあったという。黒川紀章や菊竹清訓ら若手建築家・都市計画家グループが1950年代に推進した、「メタボリズム」(※2)と呼ばれる建築運動がある。「都市の混乱と高度消費社会の兆しを背景に、固定した建築や都市を否定し、空間や設備を取り換えながら生物のように新陳代謝する」ことを目指す考え方だ。

※2 1959年に黒川紀章や菊竹清訓ら日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築運動。 新陳代謝(メタボリズム)からグループの名をとり、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案した。

髙橋氏によると、この建築運動は、建築生産の工業化と合理主義の上に、生物のモデルを適応することで建築の更新を試みた点で先駆的だったそうだ。しかし同時に、大量消費大量廃棄を繰り返した高度経済成長期という時代の制約もあり、その理念にはいまだ多くの可能性が残されているという。

髙橋:従来のメタボリズム運動で生み出された建築は、永遠の"成長・増殖"を理念として掲げましたが、コンクリートやプラスチックなど地球環境への負荷はそこまで考慮されておらず、死が生へと反転するための"消滅のデザイン"が不十分でした。

しかし、DeathLABの提案には、微生物を建築の中に取り込み自然の新陳代謝を加速させたり、菌類の力で生分解される素材を用いたりすることなどによって、人間や建築が環境に少ない負荷で"消滅"するための、より微視・巨視的なメタボリズムを実現する可能性が潜んでいると思ったんです。

宗教や家族に依拠しない、新たな「死」の形を

DeathLABとの出会いから約3年の時を経て、ついに金沢21世紀美術館での展覧会が実現した。この企画を通じて、現代的な死を発明することの必要性を訴えかけていきたいという。

その背景には、髙橋氏がリアリティを持って感じていた「死への違和感」があった。東京都出身の髙橋氏は、日常で「死」を目にする機会がほとんどなく、郊外の墓地で死者を弔う習慣のもとで育ったという。

髙橋:僕が生まれ育った東京では、幸せな生活や効率的な経済活動を邪魔するものとして、都市の中心から「死」が疎外されているのが当たり前でした。また、日本人はいわゆる絶対的な唯一神の「宗教」とは縁が薄く、心の底から神を信じているような人が少ない。にも関わらず、ただの遺制として、無思考に仏教やキリスト教の慣習に従い、葬儀や喪を行なっている。こうした状況に、ずっと違和感を感じていたんです。

いま「死」にまつわる制度の限界が表れはじめているそうだ。土葬が主流であるニューヨークではこの50年新しい墓地がつくられず墓地不足が社会問題化している。火葬がメインである東京も地価の高騰や埋葬空間の不足から、コインロッカー型やマンションタワー型、さらにはインターネット上の墓地が現れ始めているほか、ライブカメラでのお墓参りサービスも出てくるなど、弔いの合理化が進んでいる。

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《CONSTELLATION. ENLARGED VESSEL PLAN》
©LATENT Productions and Columbia GSAPP DeathLAB

髙橋:現代では、心電図や医師による余命宣告のように、科学の知識と技術によって「死」の境界が決定されます。しかし近代以前は、息子に遺作を宣告し書きとらせたバッハや、弟子を前に辞世の句を詠んだ葛飾北斎のように、いつどのように死ぬか自ら悟り、主体的に「死」に向き合うほかなかった。死の決定権は、専門家ではなく自分自身にあったんです。

アメリカの哲学者ラルフ・エマーソンは「自然に死は存在しない」と言いましたが、そもそも、「生」も「死」も、人間が恣意的につくり出した概念に過ぎません。DeathLABの発想で非常に面白いのは、神話や畏怖の対象であった死体の神秘性をある部分では否定して物理現象に還元し、発酵・腐敗の際に生まれるエネルギーを最大限活用しようとする点です。その発想は「全てを数値に還元し、物理現象として説明することで、世界を再構築する」唯物論的な考え方と通じていると同時に、「死が光になる」という詩性も備えています。テクノロジーの行き着く先にある、宗教や家族に依拠しない新たな死の形やその美学を、彼らは提示しているんです。

「近代的な人間観が滅びた後の芸術」の姿を明らかにするための、「生」と「死」の探求

髙橋氏はDeathLABの他にも、生命や死に関わる企画をいくつも手がけている。一貫して探求しているテーマは、「近代的な人間観が滅びた後の芸術とは何か」。宗教や家族、性差、身体、職業など近代の「人間」の同一性を縛ってきた社会的制約が、新たな技術の登場によって終わりを迎えた後、芸術はいかにして世界を描き出すのか。それは、「人間とはなにか」、つまり「生と死とはなにか」を問い続けることと同義である。

アートと科学のつながりを模索する中で、髙橋氏は「Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊」という展覧会を企画することになる。「情報的」に消費される虚構でありながら、現実の人間よりも存在感が放つキャラクター「初音ミク」のDNAを設計し、それをもとに心臓細胞をつくりだす企画だ。寿命を持たない不死細胞であるiPS細胞を使い、存在しないキャラクターの身体を設計、さらには現実に出力するという取り組みを行ったことが、生と死の境界について考え直すきっかけになったという。

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BCL《Ghost in the Cell:細胞の中の幽霊》2015
撮影:金沢21世紀美術館

髙橋:優れた芸術は、単にビジュアルが面白いだけのエンターテインメントではありません。我々が当たり前だと思っている歴史や価値観を、根幹から揺さぶり、ひっくり返す。時代の変革を映し出すメルクマール(指標 / 転換点)なんです。

髙橋氏は今後も、人びとの価値観を揺さぶるようなアートの可能性を追求していくという。直近だと、国内外で注目される5ヵ国9作家のバイオアートの展示を通して、イギリスのSF小説家であるメアリー・シェリーが著した「フランケンシュタイン」で提起された問題を今日のものとして再考する「2018年のフランケンシュタイン」展の企画、やくしまるえつこが「人類滅亡後の音楽」をテーマにつくった「『わたしは人類』の国立科学博物館での展示監修」などに取り組む。

髙橋:「現代アート」もそうですが、「メディアアート」や「バイオアート」といったものはカテゴリーに過ぎず、時代とともに移り変わるものなので、その定義に大した意味はないと思っています。僕にとって本当のアートは、常に最古から最先端までの思想、技術や美学が混ざり合うことで、現代を模る言語や支配する価値観を超えているもの。だから、その時代にしかないものを統合することで体感できるような、「いまここにしか生まれないなにか」をアーティストともに作り出していきたいんです。

金沢21世紀美術館の、一風変わった展覧会「DeathLAB:死を民主化せよ」。その裏には、「近代的な人間観が滅びた後の芸術とは何か」を探求する、ひとりのキュレーターの姿があった。テクノロジーが目まぐるしい速度で発達し続ける昨今、髙橋氏のように、かつて語源を同じくした「芸術」と「技術」を再び交差させた視点から現代を捉え直し、人間の本質に迫る営みが、より一層重要性を増すのではないだろうか。

取材・執筆:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512



編集:岡田弘太郎

1994年生まれの編集者 / DJ。『SENSORS』シニアエディター。大学在学時に『greenz.jp』や『SENSORS』で執筆、複数のウェブメディアで編集を経験し、現在は編集デザインファーム「inquire」に所属。関心領域はビジネス、カルチャー、テクノロジー、デザインなどを横断的に。慶應義塾大学でデザイン思考/サービスデザインを専攻。
Twitter:@ktrokd

"音のビジュアライズ"が、次世代動画の鍵となるーー明石ガクト×三浦 崇宏「ブレイクスルーするクリエイティブ」

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「ブレイクスルーするクリエイティブ」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストに迎えたのは、起業家・クリエイターとして活躍するオピニオンリーダー、明石ガクト氏(ワンメディア株式会社代表取締役)と、三浦崇宏氏(株式会社GO代表取締役)だ。

全3回にわたってお届けする第1弾記事では、映像業界の未来を切り拓く、明石氏の思想を深掘りしたトークの様子をお伝えする。「ほとんどの人が、動画を"音無し"で観ている」と話す明石氏は、時代に合わせた新しい動画を追求している。"音無し"でも楽しめるONE MEDIAを、落合も「無音で観ていてもサウンドが想起される」と絶賛した。

自らもクリエイティブ業界の先端に立つMC陣、三浦氏との議論から、映像業界をブレイクスルーするためのヒントを探っていく。

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(左より)齋藤精一、三浦崇宏氏、明石ガクト氏、落合陽一、草野絵美

草野絵美(以下、草野):
今回のテーマは、「ブレイクスルーするクリエイティブ」。起業家であり、クリエイターとしても活躍されている、オピニオンリーダーのお二人をお招きします。落合さん、齋藤さんは、このようなテーマでトークセッションされる機会はありますか?
落合陽一(以下、落合):
僕の場合はブレイクスルーの方法よりも、「何をブレイクスルーすべきなのか?」を聞かれることが多いです。課題の洗い出しや、議論すべきトピックの整理を求められる立場にいることが多いかもしれません。
草野:
アーティストやサイエンティストは、疑問を投げかける側の存在ですもんね。齋藤さんは、いかがですか?
齋藤 精一(以下、齋藤):
僕は、あまりないかな。一時期は多かったですけどね、2,3年前とか。ただ、最近は世間から「都市開発に強い人」と思われているようで、そうしたトピックの質問をされることは多いですね。

都市開発は、あらゆる知恵や技術を集結させて行うもの。ですから、落合君が言っていたような課題の抽出はもちろん、解決方法の考案、そして実装まで一気通貫で携わっています。そう考えると、日々「ブレイクスルーするクリエイティブ」に取り組んでいるといえるかもしれません。
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草野:
今回お越しいただいたのは、ワンメディア株式会社代表取締役の明石ガクトさんと、The Breakthrough Company GO 代表の三浦崇宏さんです。既成の概念や思い込みに縛られず、起業家・クリエイターとして活躍されているお二人は、若手ビジネスパーソンからの注目を集める存在です。

明石さんは、新しい動画表現を追求すべく、ワンメディアを設立。ショートフィルムや山手線車内のデジタルサイネージなど、幅広いジャンルの動画コンテンツを制作されています。先日刊行された、動画がテーマのご著書『動画2.0 VISUAL STORYTELLING』も絶賛発売中です。

三浦崇宏さんは、博報堂でのマーケティング・PR・クリエイティブ部門を経て、2017年にGOを設立されました。日本PR大賞、カンヌライオンズなども受賞されています。

本日はよろしくお願いします。お二人は、すごく仲良しだと伺いました。
三浦 崇宏(以下、三浦):
木曜日にこの番組の打ち合わせで会い、金曜日に別の仕事の打ち合わせで顔を合わせ、土曜日には明石さんが僕の誕生日会に来てくれ...。ここ5日間で4回も会っています(笑)。
明石ガクト(以下、明石):
自分の会社の社員よりも、三浦さんの方が顔を合わせる回数が多いかもしれません。
草野:
収録前も「こんなに趣味が合う人もいない」と仰っていましたよね。
三浦:
世代が近いこともあって、話が合うんですよ。
明石:
今日の洋服も、お互いグレーで被っちゃいました(笑)。

無音なのに、音が聞こえてくる。"音のビジュアライズ"が、視聴者の心を揺さぶる

草野:
ここからは、ゲストのお二人が代表を務める会社のタグラインをもとに、明石さんと三浦さんの根底にある思想を深掘りいきたいと思います。

まずは明石さんが代表を務めるワンメディアのタグラインから。「あなたの一日、人生、そして世界観を揺さぶるような体験を」です。こちらは、どういった意図が込められているのでしょうか?
明石:
近年、「コンフォートゾーン」を出ようとしないメディアが多いと思うんです。「SNSで"いいね"をもらえればOK」みたいな。だから、僕らが運営している動画メディア「ONE MEDIA」では、大麻などの比較的ニッチなテーマを積極的に取り上げています。あえて"いいね"を狙わずに、既存のメディアがあまり取り上げないものをコンテンツにしているんですよね。ミレニアル世代の人たちに「なんだこれ、知らなかった」と感じてもらえるような情報を、日々配信しているんです。
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草野:
MCのお二人は、ONE MEDIAについてどのようなイメージをお持ちですか?
落合:
パキッ、ズバッ、シャッみたいなイメージです(笑)。
明石:
擬音の感じですね。
落合:
それがすごく良いなと思っています。
明石:
今、落合さんがONE MEDIAのイメージを擬音で表現してくださいましたけれど、そこは我々のこだわりでもあります。この収録も、"音あり"で行われていますが、実際にスマホで動画を視聴するほとんどの人が"音なし"で観ているんですよね。かつて、音と映像はワンセットで制作されていましたが、それがテクノロジーの進化と共に変わってきている。にも関わらず、コンテンツの在り方は長らく変わっていませんでした。そこで「"音なし"で視聴者に刺さる動画とはなにか」と考えた結果、"音が聞こえてくるような"動画に行き着きました。
落合:
ONE MEDIAを観ていると、無音再生でも出演者の声が聞こえてくるんですよ。ビジュアルからサウンドが想起されるというか...。そこは、かなりこだわっていますよね?
明石:
はい。出演者には、必要以上に「動いて」もらっています。これは、テレビ業界ではあまり取られない手法です。ONE MEDIAは、お茶の間で観ることがメインのテレビとは異なり、落ち着いた環境で視聴されるメディアではない。電車を待つ間の2分、食後の5分など、限られた時間の中で観られることが多いんです。そういう状況で観る人に対して、伝えたいことを100%伝えるための工夫をしています。

「納品」がゴールではない。配信後のことまで、考えることが重要

齋藤:
明石さんは、若手育成についても考えていらっしゃいますか?「自分が先陣を切って、映像業界を切り開いていく」みたいな。
明石:
めちゃくちゃ考えています。SENSORSでこんなことを言うのも恐縮ですが、映像業界ってすごく体育会系なんですよ。「長くやっている人が一番えらい」と言われる、年功序列の世界。だから、若い子が自身のセンスやクリエイティビティを発揮できるようになるまでに、すごく時間がかかるんですよね。でも本当は、若い人ほどセンスがあるし、アイデアをたくさん持っている。TikTokを観ていると、驚きますよ。
齋藤:
何が驚きなのでしょう?
明石:
彼らはTikTokの既存機能とiPhoneだけで、すごく面白い動画を作るんです。そういった才能が、商業的に活かせるような仕事を作っていきたいと考えています。だから、弊社の採用は「センス」を重視していて。映像の仕事が未経験でも、ビジネスマナーがなくても、関係ない。ワンメディアには正社員が45人いて、平均年齢が27歳です。時々「社内に大人がいないですね」なんて言われます(笑)。
齋藤:
組織の新陳代謝は激しいですか?辞める人っています?
明石:
全然辞めないですね。
齋藤:
じゃあ、どんどん増えていく感じなんですね。
明石:
そうですね。
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齋藤:
僕も、経営者として"働く環境を作る"立場にあるので、明石さんの考え方にはとても共感できます。僕の考え方を社員に植えつけているので、能動的に仕事をする奴が増えているんです。
明石:
僕は、社員によく「動画を納品することがゴールじゃない」と言っているんです。今は、YouTubeやTik Tokなどがあって、誰でも動画配信ができる時代。かつては、NHKとキー局合わせて10局程度しかなかった配信ネットワークが、無限に広がっているんです。だから、クリエイターには「自分が作った動画をどんな人が観て、どんな反応をされたか」までしっかり見届けてほしい。この先、映像業界はさらに進化していきます。だからこそ、配信された後のことまで考えられるか否かが、業界で生き残れるかの境目になると思うんですよね。
齋藤:
企画から制作、配信手法を考えるところまで、担当者が一人で行うのですか?
明石:
基本的に一人でやりつつ、必ずみんなで話す場を設けています。かなり厳しい発言が飛び交う会議なんですけど...。僕は「実際に会うと、物腰柔らかいですね」とよく言われるのですが、会議中はすごく怖いです(笑)。でも、そんな感じで喧々諤々でやらないと、スキルが磨かれないですよね。

続く第2弾記事では、三浦氏が代表を務めるGOの「The Breakthrough Company」という呼称をテーマに行われたトークの様子をお届けする。漫画『キングダム』をビジネス書として打ち出したプロモーションや、物議を呼んだケンドリックラマーの黒塗り広告などの、斬新な施策の裏にある三浦氏の思想を紐解いていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一と齋藤精一が現場で嘆く言葉とは!?ゲスト:明石ガクト・三浦崇宏( ブレイクスルーするクリエイティブ 1/4))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

"クライアント"ではなく、"パートナー"として、企業に伴走するーー明石ガクト×三浦 崇宏「ブレイクスルーするクリエイティブ」

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(左から)三浦崇宏氏、明石ガクト氏、落合陽一、齋藤精一、草野絵美

「ブレイクスルーするクリエイティブ」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストに迎えたのは、起業家としてもクリエイターとしても活躍する2人のオピニオンリーダー。明石ガクト氏(ワンメディア株式会社代表取締役)と三浦崇宏氏(The Breakthrough Company GO 代表)だ。

全3回にわたってお届けする第2弾記事では、三浦氏が自身の率いるGOの経営理念について語ったトークの様子をお伝えする。漫画『キングダム』をビジネス書として打ち出したプロモーションや、ケンドリック・ラマーの黒塗り広告など、次々と話題の施策を仕掛けてきたGO。同社のミッションの背景にある、三浦氏の思想を解き明かしていく。

「変わりたいけれど、変われない」企業に「GO」を。PRだけにとどまらず、アイディアとクリエイティブでサポート

草野:
続いては、GOのタグラインを見ていきたいと思います。「The Breakthrough Company」。
三浦:
GOは、いわゆる広告会社・PR会社とは少し違う形で、企業のサポートをしている会社です。僕は博報堂出身の人間ですが、ゴールドマンサックスや三井物産など、さまざまなバックグラウンドを持った人間が集まっているので、持っているアイディアの幅も広い。

ですので、アウトプットはPRに限りません。企業の課題をヒアリングした結果、新規事業立ち上げに協力することもありますし、商品棚の買い替えを提案することもある。あらゆるレイヤーから、企業のブレイクスルーをサポートしているんです。

GOのミッションは、「アイディアとクリエイティブで、企業の変革や挑戦にコミットする」です。AIやブロックチェーンといった最新技術の登場で世の中が変革期を迎えるなか、「変わらなきゃいけないけれど、どうしていいか分からない」と悩む企業が増えている。僕はそうした企業のサポートをするために、GOを設立したんです。
落合:
まさに、企業に「GO」と言っているんですね。
三浦:
そうですね。「変わりたいのに変われない」と足踏みしている会社に、「いいからいけよ」と背中を押すのが、我々の仕事です。
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三浦崇宏氏

「クライアント」と呼んでいるうちは、ブレイクスルーは実現しない

齋藤:
GOのチーム構成は、どのようになっているのでしょうか?
三浦:
クリエイティブチーム、プロデュースチーム、そしてグラウンドコントロールの3つがあります。グラウンドコントロールとは、総務や経理、人事などのこと。僕たちは、「バックオフィス」という言葉を使いません。会社の成長を支えて管理していく大事なチームので、「グラウンドコントロール」と呼んでいるんですよね。
草野:
営業チームはあるんですか?
三浦:
ありません。そもそも、広告代理店には新規開拓を行う営業スタッフは必要ないんです。基本的に、企業からの問い合わせを受けて仕事が始まるものなので。

広告代理店の営業の仕事の本質は、ビジネスのプロデュースです。クリエイター、クライアント、メディアなど、複数のステイクホルダーをまとめて、アウトプットを行う「プロジェクトマネジメント」を行うことが求められます。

GOは、ホームページから仕事の依頼が来たり、直接僕に相談が来ることが多いので、顧客開拓を目的にした営業は、一切行っていません。
草野:
MCお二人の会社には、営業チームはありますか?
落合:
ないですね。僕が営業しているようなものですから。
三浦:
やっぱりそこなんですよ。おそらく明石さんもそうだと思うのですが、トップがある程度有名な方だと、直接仕事の依頼が来る。
齋藤:
うちにも、営業的な動きをする人はいません。クライアントさんのところに行ってお金の話をしたりする人は、必要に応じて外注しています。
三浦:
うちも、大手企業の案件を請け負う場合には、電通や博報堂、ADKといった大手広告代理店にお願いして、間に入ってもらうことはありますね。
齋藤:
まずは三浦さんがクライアントから仕事を取ってきて、案件が大きすぎる場合には大手代理店に入ってもらっているんですか?
三浦:
案件の大きさというよりは、手間がかかるものについては大手の代理店と一緒に動くこともあります。あと、今齋藤さんは「クライアント」と仰っていましたが、僕は仕事のパートナーを「クライアント」と呼んでいるうちはブレイクスルーできないと思います。なぜなら、「クライアント」と呼ぶことは受発注の関係を意味するからです。そうすると、相手の抱えている悩みに対して答えを出すことしかできません。

しかし、答えを出すことだけが正解ではない。たとえば「CMを出稿して、課題を解決したい」と依頼する企業さんの話をよく聞いてみると、商品棚を変えることの方が得策な場合もあります。そのように、課題の根っこの部分まで掘り下げていくためには「クライアント」ではなく「パートナー」として寄り添うことが大事なんです。

また、僕が一番やばいと感じるのは「クライアント」の同義語である「アカウント」という言葉。広告代理店でよく使われていますよね。「アカウント」とは、完全に社内事情が含まれた呼び方です。そう呼んでいる限り、パートナーと密な関係が築けないんですよね。企業と一緒に成長し、新しいことを生み出していくためには、「クライアント」や「アカウント」といった言葉は使わない方がいいと思います。

続く第3弾記事は、最終回。前半は、MC齋藤からのキーワード「時代とメディア」をテーマにした議論の様子をお伝えする。時代と共に変化していくメディアのあり方を、クリエイターたちはどのように見つめているのかーー。若者から支持を受けるONE MEDIAを運営する明石氏は、これからのメディアは、コミュニティであるべき」だと熱弁した。ゲスト、MC陣の対話から、今の時代におけるメディアの役割を探っていく。

後半は落合から提示された「一流と二流」をテーマに行われたトークの様子をお届けする。時代とともに「一流」の定義が変化するなか、「非専門家から専門家を超える人材は生まれるのか」という落合の疑問が、ゲスト二人に投げかけられた。

クリエイティブを武器に、常に新しい挑戦をし続ける明石氏と三浦氏。MC二人との議論から、ブレイクスルー思考のヒントを探っていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一はスーパー営業マン!?ゲスト:明石ガクト・三浦崇宏( ブレイクスルーするクリエイティブ 2/4))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

世の中を変えるアイディアは、「専門家」からは出てこないーー明石ガクト×三浦 崇宏「ブレイクスルーするクリエイティブ」

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(左から)三浦崇宏氏、明石ガクト氏、落合陽一

「ブレイクスルーするクリエイティブ」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストに迎えたのは、起業家としてもクリエイターとしても活躍するのオピニオンリーダー、明石ガクト氏(ワンメディア株式会社代表取締役)と三浦崇宏氏(The Breakthrough Company GO 代表)だ。

本記事は、全3回にわたってお届けする最終回。前半は、MC齋藤からのキーワード「時代とメディア」をテーマにトークが展開され、時代と共に変わるメディアのあり方について、ディスカッションが行われた。三浦氏は「マスメディアは、速報性を捨てるべき」と警鐘を鳴らし、明石氏は「個人がメディア化した今、メディアはコミュニティであるべき」と熱弁した。時代の先を見据える二人の意見から、これからの時代に必要とされるメディアのあり方を探っていく。

後半は、落合からのキーワード「一流と二流」をテーマに行われたトークの様子をレポート。昔は、ひとつの分野だけを極めることが「一流」と呼ばれていたが、今はスキルを横展開して幅広い分野で活躍する人が賞賛されている。そんな風潮について、落合はゲスト二人に意見を求めた。

時代が変革期を迎える今、クリエイティブを武器に新しい挑戦をし続ける明石氏と三浦氏。MC二人との議論から、二人の持つブレイクスルー思考を紐解いていく。

次世代メディアは、同じ価値観を持った仲間が集う場所

草野:
ここからは、MC二人からのに事前にあげてもらったキーワードをもとに、トークセッションを行いたいと思います。それでは、まずは齋藤さんからのキーワード「時代とメディア」ですね。
齋藤:
明石さんも先ほどおっしゃっていましたが、時代と共にメディアのあり方が変わってきているじゃないですか。お二人は、今の時代におけるメディアの役割はなんだと思いますか?
明石:
ここ数年で、メディアと読者、メディアと視聴者の関係が変わってきたと感じます。ひと昔前までは、メディアは読者や視聴者の"教育者"でした。たとえば僕は若い時に、『relax』という雑誌を読み、デンマークにあるヒッピーの楽園「クリスチャニア」の存在を知りました。「こんな自治体があるのか、やばいな」と感じたことを、今でも覚えています。インターネットが普及して、情報コンテンツがバラ売りされるようになってからは、個々のメディアの影響力が弱くなっているんですよね。

逆に、強くなっているのは"個人"の影響力。YouTuberのHIKAKINさんの番組ばかりを観る人、落合さんの出ているメディアをひたすらチェックする人など、"好きな人"軸で触れるメディアを選ぶ人が多い。最近よく耳にする「個人のメディア化」とは、こういうことだと思います。

では個人がメディア化した今、メディアが果たすべき役割は何か。僕は「コミュニティ」だと思います。同じ価値観を持った仲間が集まる場所というか...。今の若い子たちに「いつも見ているメディアはなにか?」と聞いてもはっきり答えられないことが多いですが、逆に「いつも追っているコミュニティや好きなトピックはなにか?」と聞くとすぐに答えが返ってくるんです。だからONE MEDIAは、彼らにとっての「コミュニティ」を目指しているんです。
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齋藤:
「HIKAKINさんトライブ」「落合さんトライブ」のように、色々な部族が存在していますよね。それが、いい意味でコミュニティになっているし、1つの部族に所属している人もいれば、5つの部族に所属している人もいる。さらには、日々所属先を変えている人もいると思います。
落合:
僕の本を買う人やオンラインサロンに入会している人は、中堅企業の社長さんが多いんです。つまり、る程度同じ視点で話ができる人たちが集まってきてくれている。僕はマスメディアに出る機会が多いけれど、実際のフォロワーはマスじゃないんですよ。

マスメディアとは、"偶然触れるメディア"。新聞は、もはやマスメディアではない

三浦:
そういえば先日、渋谷のハロウィンを視察しにいった時に面白い光景を目にしました。仮装している人の多くが、渋谷駅の券売機に並んでいて...。つまり、彼らはSuicaやPASMOを持っていなかったんです。
落合:
地方から来ていた人が多かったということですか?
三浦:
そうですね。普段は地元から滅多に出ないけれど、イベントの時にだけ都会に出てくる人がお祭り騒ぎをしていたんです。一方で、渋谷駅にはそんな彼らを遠巻きに見ている人たちもいて...。その光景を見て感じたのは、社会の"分断"です。普段から当たり前のようにICカードを使って電車に乗る人もいれば、たまに東京に行くために切符を買う人もいる。これは収入の差ではなく、"暮らしのIQ"の差。マーケティング業界でも、最近は"暮らしのIQ"別に施策を分けるべきだと言われています。
齋藤:
そのように分断された社会において、マスメディアはどうあるべきだと思いますか?
三浦:
まず、速報性を捨てるべきだと思います。速報性では、Twitterに絶対勝てません。でも、Twitter上の情報には信憑性がない。ハロウィンの日も、横転したトラックの動画が拡散されていましたが、僕のタイムライン上だけでも3人の人が「このトラックは父のものです」と呟いていました。正しい情報を発信するためには、それなりの時間とお金がかかります。だからこそ、十分な予算があるマスメディアがしっかりとやるべきなんですよね。セットや出演者のギャラではなくて、情報の「質」の向上にお金をかけるべきです。
明石:
「マスメディア」の定義も時代と共に変わっていると思います。僕が子どもの頃は、マスメディアといえば新聞やテレビでした。でも今の時代におけるマスメディアとは、"偶然触れるメディア"なのだと思います。ONE MEDIAは、山手線という公共空間の中で多くの人の目に触れたことで、一気に知名度が上がり、マス層にも届くメディアになりつつあります。一方で、新聞は購読の申し込みをしなければ読めません。新聞の購読者数も減っている現代においては、限られた人にしか届かないメディアなんですよね。
三浦:
たしかに、新聞はマスメディアとは言えないかもしれません。しかし、専門家や識者には寄稿してもらいやすいメディアです。僕たちは、そうしたメディアごとの特性を理解した上で、PR施策をプランニングしていかなければいけないと思っています。
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落合:
「新聞に載れば、読んでくれる」と思う人は僕の友達のおじいちゃん100人くらい...。「新聞がマスにリーチするか」ではなく、単純に読者の属性の問題だと思います。
三浦:
齋藤さんが仰っていた"トライブ"ですね。
落合:
でも、あと7~8年ほどしたら「新聞を読むトライブ」は消滅すると思います。だからメディアは常に、「次のトライブは何か」を追っている。世代交代が起きるたびに、メディアのあるべき姿は変わっていく気がします。
齋藤:
インターネットは本来「パーソンtoパーソン」のものなのに、最近は数字で判断されるようになってしまったと感じています。明石さんは、こうした風潮についてどう思われますか?
明石:
僕は、数値指標を軸にした考え方には抵抗し続けています。そもそも、KPIでものごとを語る人や、数字で評価されるメディアが好きじゃない。実は、ONE MEDIAはインターネット広告を出稿していません。広告を出すと、エクセル上のスコアでメディアを評価されてしまうので。

インターネット動画は、2006年頃から増え続けていますが、人が一日の中で動画を視聴する時間は変わらない。その時間を無理に増やそうとするのは、間違っていると思います。たとえば三浦さんが最近、漫画『キングダム』の表紙をビジネス書風にしていましたが、本屋さんに訪れた人が、その表紙を見る時間は一瞬です。しかし、多くの人が写真を撮ってSNSにアップしたことで、話題になりました。SNS上に生成されたコンテンツは、三浦さんのクリエイティブから生まれたもの。要は、クリエイティブに触れる時間の長さよりも、心にどれだけ深く刺さるかが重要なんです。だから、僕たちはPVや視聴時間よりも、コメントやシェアをすごく大事にしています。

なにかを極めた人は、他のジャンルでも一流になれる。時代と共に変わった「一流」の基準

草野:
続いては、落合さんからいただいたキーワードをご紹介します。「一流と二流」です。落合さん、こちらはどういった意味でしょうか?
落合:
昔は「一流のクリエイターは、自分の専門分野しかやらない」と言われていたじゃないですか。写真家なら写真しかやらないし、映画監督は映画しか撮らない人が多く、「専門外のことをやっている人は二流だ」と言われていました。でも今はむしろ逆で、個人のキャラが立っていれば、専門外のことで活躍できる。

そうなった時、クリエイターに問われるのが「センス」です。テクノロジーの進化で、動画配信も写真撮影も簡単にできるからこそ、どんなセンスを持っているかが重要になってくると思います。センスがあれば、映画でも写真でも人を惹きつけられるので。そんななか、僕が最近考えているテーマは「非専門家から、専門家を超える人が生まれるのか」。お二人はどう思われますか?
三浦:
"高さあっての広さ"だと思っています。僕は今、さまざまなパートナーと一緒に新規事業を立ち上げたり、WEBサービスを作ったりしていますが、ぼくの場合は全てのベースにあるのは広告を作る技術なんですよね。博報堂時代に、広告クリエイターとしてのスキルを磨き上げたので、それが今活かされているんです。ですから、何らかの分野で一流になった人は、他の分野でも二流を凌ぐ可能性が高い。何かを突破した瞬間に、スキルが横展開できると思うんですよね。

したがって、「なんでもやりたいです」と言う若手広告クリエイターには、「コピーライターでもデザイナーでもCMプランナーでもいいから、まずはひとつの分野を深くやってみよう」とアドバイスしています。ひとつの分野を突き詰めれば、あらゆるジャンルに応用できるようになるので。最初から「なんでもやろう」と思って成功する人は、クリエイター業界ではまだいない気がします。
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(左から)落合 陽一、齋藤 精一

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落合:
では、なにかを突破して横展開している人と、なにかを突破してもなお、それをやり続けている人。どちらの方が一流だと思いますか?

昔だったら、後者の方が一流と言われていたと思うんです。でも今は、前者の方が周りよりも頭ひとつ抜けていると思うんですよね。
齋藤:
僕も落合君と同意見です。一点突破型よりも横展開型の方が、世の中を変えるクリエイティブを生み出せると思います。
落合:
誰も思いつかないものは、横展開型からしか生まれないような気がしますね。
齋藤:
僕はもともと建築をやってましたが、建築の道は完全に諦めて広告にシフトしたんです。でも気がついたら都市開発に携わることになって、また建築の仕事にも関わっています。そういう風にドメインを広げた方が、新しいアイディアが生まれやすいんですよね。今は、広告クリエイターが地方のブランディングをすることも多いじゃないですか。一点突破型だと見えない世界が、横展開することで見えてくることがあるんですよね。
明石:
僕も同感です。ちょうど最近、動画をテーマにした本を出したのですが、動画に関する専門的なことだけを書いても届かない人たちが一定数いると思ったんです。だから僕は、本自体を"動画っぽく"することにしました。つまり、テキストを極力少なくして図をたくさん挿入し、動画のように視覚的に楽しめる本に仕上げたんです。そうしたら、Twitter上でもポジティブな感想がたくさん呟かれていて、おかげさまで結構売れているんです。これは、僕が動画を極めてきたからこそできたことだと思います。あらゆることの定義が変わってきたからこそ、何かを極めた人が別ジャンルでも活躍できるようになっているのだと思いますね。
三浦:
昔と違って、ひとつのことを突き詰めていくと、あらゆる所から声がかかるようになりましたよね。何かを突破した瞬間から多元的に生きていくことが義務付けられているような世の中になっているのではないかと感じますね。

テクノロジーが進化し、社会は大きな転換期を迎えている。そんな時代において、変化の必要性を感じながらも、一歩踏み出せない人や企業は多いだろう。変化とは、未知なるものへの挑戦だからだ。前例のない未知に挑むことは、容易なことではない。しかし、明石氏や三浦氏のように、時代の流れを冷静に見つめ続けていけば、変化を恐れないブレイクスルー思考が培われていくのではないだろうか。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一に興味を持つおじいちゃんトライブとは...ゲスト:明石ガクト・三浦崇宏( ブレイクスルーするクリエイティブ 3/4))
(SENSORS|落合陽一が炎上商法を言い換えると〇〇〇.ゲスト:明石ガクト・三浦崇宏( ブレイクスルーするクリエイティブ 4/4))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

「何者かになりたい」思いが消えたとき、自分らしいクリエイションに出会えた--藤原麻里菜×草野絵美 #EmisSensor

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SENSORS MC草野絵美が、今をときめく気鋭のクリエイターをピックアップし、インスピレーションの源泉を紐解いていく新連載「#EmisSensor」。第四回のゲストは、YouTubeチャンネル登録者7万人越えの「無駄づくり」クリエイター・藤原麻里菜氏。

何者かを目指し、バンドマン、お笑い芸人として活動をするも、なかなか芽が出ない。そんな彼女が「無駄づくり」クリエイターとして注目を集めるに至った原点は、"自分がいなくなる"感覚との出会いだったという。

"鼻につく大学生"みたいだった自分と決別し、自分らしいコンテンツで評価されるまでの経緯、「無駄づくり」の名前に込めた想いなど、唯一無二のクリエイションを続ける藤原氏の活動に迫った。

"違和感の排除"としてのクリエイション----「無駄づくり」の原点と、物作りの本質

草野絵美(以下、草野):藤原さんが手がける「無駄づくり」動画を見て、日を追うごとにクオリティが高くなっていく様に感銘しました。同じクリエイターとして学ぶべきことがたくさんあると。まずは、そもそも「無駄づくり」を始めたきっかけを教えてもらえますか?

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藤原麻里菜氏

藤原麻里菜(以下、藤原):やることが特になかったから、始めたんですよね。もともと物作りが好きだったわけではないし、当初は何も考えていなかったというのが本音です。

ただ、続けるうちに"物作りの本質"が見えてきました。その過程があって、今は物作りが好きになれています。

草野:藤原さんが考える、"物作りの本質"って何でしょうか?

藤原:手を動かして、違和感を排除することだと解釈しています。大きな目標があるわけではありませんが、コンテンツの制作によって、日々感じる違和感を排除することが、今「無駄づくり」を続ける理由です。動画に対して視聴者の方から反応をもらえることも、コンテンツの制作を継続する一つの要因になっています。

草野:継続することで得られることも多いですよね。でも私、納得いかない作品をアップするのが苦手なんです。だから、毎週動画をアップしている藤原さんはすごいなって思っています。

藤原:アウトプットを継続するコツは「サブアカウントをつくる」ことです。ブログを書こうすると気合が入ってしまいますが、ツイッターなら気軽に呟けるじゃないですか。

インスタの投稿はすごく凝った写真をアップしたくなりますが、ストーリーなら気軽にアップできます。そうやって、ある意味適当なアウトプットを続けていくと、それらが集合体になって作品のアイディアになることもあるんです。

"自分がいなくなる"感覚が、自分らしさを生み出した

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草野絵美

草野:藤原さんの作品は、アート作品として評価されることも少なくないですよね。ご自身では、自分の作品をどのように解釈されているのでしょうか?

藤原:アート作品ではなく、あくまでコンテンツだと解釈しています。というのも、私は大学を卒業していないので、専門的なことが分からないんです。

たとえばアートの知識がないので、アートとして何が良くて、何がダサいのかを分ける価値基準を持っていません。そうした基準を持たずして、自分の作品を「アートです」と言い切るのが怖いんですよね。美大を苦労し卒業した人が見たら、全くアートではないかもしれないじゃないですか。

でも、そうした恐怖感を持ったままでは、好きなことができなくなってしまいます。そこで生まれた言葉が「無駄」です。「無駄だけど、やります」というスタンスでいれば、自分の制作活動を正当化できると考えました。

草野:自分が信じる作品を制作する、つまり自分をさらけ出せるようになるまでの過程が知りたいです。

藤原:今振り返れば、昔の私は、"鼻につく大学生"みたいだったと思います。「具体的には分かりませんが、何かやってみたいんです」とよく分からない夢を口にするタイプで、高校時代はとりあえず音楽をやっていました。

ただ、「何者かになりたい」という思いだけで物事に向かっていたので、常に自分との対話になっていました。上手くなれなかったんです。ハードルだけが上がっていき、意義を見出せなくなってやめました。

その後も「面白いことをしたい」の一点張りでお笑い芸人になりましたが、音楽をやっていた頃と同じように、掲げたハードルを越えられず、楽しさを感じられなかったんです。

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草野:そこから「無駄づくり」に?

藤原:そうです。YouTubeも、最初は「ハードルを越えられない」時期がありましたが、続けていくうちに「自分がいなくなる」感覚があったんです。その境地にたどり着いてから楽しさを感じられるようになり、やりたいことが自然に湧いてくるようになりました。

草野:つまり、「自分がいなくなる」まで継続できたことが、逆説的に自分らしさを出せるきっかけになった...?

藤原:おっしゃる通りだと思います。「自分をさらけ出せる」状態をつくる現時点の答えは、「いろいろやるしかない」です。

グローバルニッチを目指すクリエイターが知るべき「ツボ」の話

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草野:藤原さんの作品には、とてもユーモアを感じます。芸人としてはうまくいかなかったとおっしゃっていましたが、YouTubeはニッチなファンをつくれるプラットフォームなので、今のようにご活躍ができているのかなと感じています。

藤原:たしかに、メディアは非常に重要だと思います。テレビの世界で通用しなかった人がYouTubeで評価されることもありますし、逆にテレビで活躍していた人がYouTubeで評価されないこともある。

きっとそれは、「スケール」の話だと思うんです。私の場合は、YouTubeが適切なステータスだった。そうしたことが理解できたおかげで、逆にテレビではどう表現したらいいのかを考えられるようになりました。

草野:今後は、海外への進出なども考えているんですか?

藤原:海外に発信する方法は日々考えています。以前、台北にあるLaugh&Peace Factoryというギャラリーで「無用發明展」という個展を開催したんです。すると、9日間で25,000人もの来場者が訪れ、想像以上に反響がありました。

爆笑してくれたり、わざわざアプリで翻訳して「面白かった」と伝えてくれたり、すごく嬉しくて。SNSが起点になったのですが、グローバルに接続していくより良い方法を模索しているところです。

草野:世界中にはいろんな「ツボ」を持った人がいるから、グローバルニッチを目指すのがクリエイターの生存戦略になるかもしれないね。

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藤原:あと、コンテンツを面白がる感覚も、少しづつ似てきているように感じるんです。たとえば、Netflixで海外コンテンツをよく観るようになりましたよね。今までは「うちうちで」楽しんでいる感覚が好きでしたが、海外の人と同じ「ツボ」で作品を楽しめるようになった気がします。

草野:たしかに、10年前のアメリカンジョークは理解できないけど、最近の海外コメディを観ていると、笑うツボが似てたりするかも。

藤原:昔は「日本のお笑いってすごい」と思っていましたが、今では「海外の方が面白い」と思うことも増えました。つまり、日本のコメディドラマも、最初から海外を視野に入れて制作すれば、広がり方が変わってくると思うんです。なので、私自身そうした考えを持っていたいなと感じています。

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「無駄づくり」活動を通して見つけた、好きなことを続けて豊かに暮らすための方法論を綴った著書『無駄なことを続けるために - ほどほどに暮らせる稼ぎ方』がヨシモトブックスより発売中。

SENSORS MC:草野絵美

草野絵美 Sensors MC:1990年東京出身。慶應義塾大学湘南藤沢大学 環境情報学部卒業。作品制作・執筆・ラジオやTVのMC・CM出演など活動の傍ら、歌謡エレクトロユニット《Satellite Young》を主宰。歌唱・作詞作曲・コンセプトワークを行う。再構築された80'sサウンドにのせて人工知能やオンライン交際など現代のネット社会や最新テクノロジーをテーマに歌う。2017年には世界最大の音楽フェス『South by South West』にSatellite Youngとして出演。現在CMが放送中の参天製薬『サンテPC』2018年度イメージキャラクター就任。
Twitter:@emikusano

藤原麻里菜

1993年生まれ。コンテンツクリエイター、文筆家、映像作家。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。頭の中に浮かんだ不必要な物を何とか作り上げる「無駄づくり」を主な活動とし、YouTubeを中心にコンテンツを広げている。2013年からYouTubeチャンネル「無駄づくり」を開始。現在に至るまで200個以上の不必要なものを作る。2016年、Google社主催の「YouTubeNextUp」に入賞。2018年、国外での初個展「無用發明展- 無中生有的沒有用部屋in台北」を開催。25000人以上の来場者を記録した。
Twitter:@togenkyoo

編集:オバラミツフミ

1994、秋田出身。フリーライター → 長期インターンプラットフォーム「InfrA」を運営する株式会社Traimmu広報PR。構成『選ばれる条件』(木村直人・エザキヨシタカ 共著) アシスタント 『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文・落合陽一 共著)など。
Twitter:@obaramitsufumi

「実験を繰り返さなければ、新しいエンタメは生まれない」世界最高峰のデジタルアート集団 Moment Factoryの新たな一手

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(C)MOMENT FACTORY

マドンナを筆頭とした一流アーティストのライブ、サグラダ・ファミリアへのプロジェクションマッピングなど、その実績を挙げようとすれば、枚挙に暇がない。

それらを手がけているのは、カナダ・モントリオールに拠点を置く世界最高峰のデジタルアート集団モーメントファクトリー。彼らが大阪に新たなナイトスポットをつくる、という情報が入ってきた。

2017年からは東京・渋谷に日本支社を構え、安室奈美恵のファイナルコンサート演出なども手掛けていたが、次なるディスティネーションは大阪だ。

そして、大阪城公園内に出現したのが、新感覚のナイトスポット「サクヤルミナ」。

「今後、日本でのプロジェクトを積極的に行なっていきたい」と話す彼らは、一体どのような想いで、デジタルアートに向き合っているのだろうか。

今回、モーメントファクトリーのファウンダーの1人であり、Chief Innovation Officerのドミニク・オーデット氏と、「サクヤルミナ」のディレクションを行なったマリー・ベルジル氏へのインタビューを敢行。モーメントファクトリー設立の背景、サクヤルミナへの想い、そして日本のエンターテインメント業界の活性化におけるヒントを伺った。

はじまりは、レイヴパーティーでの"実験"。世界最高峰のデジタルアート集団

モーメントファクトリーは、東京を含む世界6都市に拠点を構え、400人以上のスタッフを抱えるマルチメディア・プロダクションだ。シルク・ドゥ・ソレイユやマドンナ、スーパーボウルのハーフタイムショーなどの演出を手がける、世界最高峰のアーティスト集団である。

創業者のドミニク・オーデット氏、サクシン・べセット氏、 ジェイソン・ローディ氏の原点は、モントリオールのレイヴシーンにある。VJをしていた彼らは90年代後半、音楽、ビジュアル、テクノロジーを融合させる"実験場"として、数々のDIYパーティーをオーガナイズしていたという。

ドミニク氏(以下、ドミニク):90年代後半は、パーティーの演出もアナログからデジタルに移行する時代だった。それまでは、大きな会社じゃないと映像編集の機械を購入することができなかったけど、パナソニックのビデオミキサーなど、手頃な価格で買えるツールが登場したことで、デジタルツールが民主化した。だから僕たちは、レイヴパーティーで、様々な"実験"を行うようになったんだ。

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ドミニク・オーデット氏

シルク・ドゥ・ソレイユのファウンダーであるギー・ラリベルテは、彼らの活動を知り、パーティーの演出を依頼。これが契機となり、モーメントファクトリーはシルク・ドゥ・ソレイユやナイン・インチ・ネイルズのライブ演出を手掛けるようになったという。その後も、2012年のマドンナのスーパーボウルでのパフォーマンスの演出など、グローバルな舞台でデジタルアートを武器にして活動を続けている。

デジタルアートは、人と人を繋ぐもの。国境を超えて親しまれるエンターテインメント

「サクヤルミナ」は、彼らの代表作でもある、屋外型マルチメディア体験「ルミナ ナイトウォークシリーズ」の9作目だ。「ルミナ ナイトウォークシリーズ」は、それぞれの土地の文化や美しい自然にインスピレーションを受けて紡がれた新感覚のエンターテインメント。訪れた人は、独創的な物語の一部となり、体験できる。これまでの総動員数は100万人を超え、カナダ、シンガポールなど各国で人気を博している。

ドミニク:国によって、好まれる演出は全く違うよ。でも、「デジタルアートが人と人を繋ぐ」ということは変わらない。文化が違っても、人間の根源的な欲求は同じだからね。だから、基本的なアプローチは世界中どこの国でも変えていないんだ。

デジタルアートは、人と人を繋ぐーー。ドミニク氏の言うように、デジタルアートと伝統的なアートでは、鑑賞者に向けたアプローチが全く違う。日本を代表するデジタルアート集団、チームラボ代表の猪子寿之氏は、デジタルアートの特徴を、以下のように語っている。

わかりやすく言うと、昔のアートでいえば、モナリザだったら観客が個人としてモナリザを見てどう思うか、美しいと思うとか、なんか考えさせられるとか、個人と作品が一対一で対峙していたと思います。(中略)絵が絵としてアナログのときは、単独では存在できなくて、物質、質量、あるいは物質に媒介しないと絵が存在できなかった。(中略)しかし、デジタルになると絵が絵として単独で存在できるようになるのね。(中略)昔はモナリザと観客っていうのは完璧に対立していたし、違う存在だったのだけれど、だんだんとどこまでが作品でどこまでが作品じゃないかみたいなものが、つまり隣の人も含めて作品かもしれないようなことになっている。 (引用元:https://logmi.jp/business/articles/35383

「ルミナ ナイトウォークシリーズ」はこれまでに、各国の土地の文化や美しい自然にインスピレーションを受けて創られてきた。今回「サクヤルミナ」の舞台となったのは、大阪城天守閣を中核に据える、大阪城公園だ。来場者は、9章からなる物語の登場人物となり、デジタルアートを活用した様々な演出を楽しみながら、自らの足でナイトウォークを辿ることができる。

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(C)MOMENT FACTORY

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(C)MOMENT FACTORY

大阪城公園の豊かな自然は、幻想的な光に包まれ、来場者は一瞬でファンタジーの世界に"トリップ"できる。

さらに、大阪の文化でもある"笑い"の要素も盛り込まれている。大阪城の石垣の前を通ると、プロジェクションマッピングで映し出された「おしゃべりな石」が、気さくに話しかけてくるのだ。

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(C)MOMENT FACTORY

こうした、"デジタルアートのローカライズ"は、ディレクターのマリー・ベルジル氏が大阪に長期滞在し、土地の文化を肌で感じたことで実現したことだ。

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マリー・ベルジル氏

マリー・ベルジル氏:大阪は歴史がありながら、好奇心に溢れている街。新しいことに対して寛容で、海外の文化にも興味がある人が多いと感じました。さらに、音楽、演劇、食べ物、パーティーなど、それぞれの文化が独自の進化を遂げている。情熱に溢れていて、新しいものに意欲的に取り組む人が多い大阪だからこそ、未来のエンターテインメントを実現させることができたのだと思っています。

「サクヤルミナ」に来た人には、幻想的な魔法の世界を楽しんでほしい。来場者が、物語の一部となって楽しめるような演出を取り入れていて。物語の中を生きることで、日常では気づかないことを発見できるかもしれない。エンターテインメントの一部となって、楽しんでほしいと願っています。

新しいエンターテインメントは、"実験"の繰り返しで生まれていく

1990年代後半以降、人びとの消費行動は変化し続けている。生活が豊かになり、物質的な豊かさを手に入れたことで、人びとは"所有欲"よりも"心に残る体験"に積極的に消費するようになったのだ。さらに博報堂生活総合研究所の調査によれば、近年は今そこにしか生まれない、刹那的な「トキ消費」を求める人が増えているという。

光、音、映像によって作り出されるデジタルアートは、人びとに驚きと感動をもたらし、強烈な体験として記憶に残る。そして、同じ空間にいる人とその感動を共有することで、唯一無二の体験となる。「トキ消費」が求められている今の時代、デジタルアートが多くの人に親しまれるのは自然な流れといえるだろう。

そして、今後さらに世の中が効率化されていくなかで、唯一無二の体験ができるエンターテインメントの価値は高まっていくのではないだろうか。

では、新たなエンターテインメントを創出していくためには、何が必要なのだろうか。ドミニク氏によれば、エンターテインメント業界を活性化させるためには、「エコシステム」が必要不可欠だと語る。

ドミニク:モントリオールのあるケベック州では、1990年代の終わり頃に政府が大きな決断をしたんだ。それは、国をあげたエンターテインメント業界の活性化。政府、企業、教育機関が、エンターテインメントへの理解を深め、お互いをサポートしていこうと決めたんだ。20年以上もの年月をかけて「エコシステム」が形成され、今はエンターテインメントが国の文化の一部になっている。時代と共に進化するエンターテインメントを、文化として根付かせていくためには、エコシステムの形成が必要だと思うね。

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モントリオールは2017年、「世界で一番学生が多い街」に選ばれている。デジタルアートのプログラムが組まれている大学も少なくないそうだ。そうした"英才教育"があるからこそ、世界中のエンタメ企業が集まり、優秀なクリエイターを積極的に雇用しているのだと、ドミニク氏は言う。

ドミニク:テクノロジーとアートを掛け合わせて、新しいエンターテインメントを生み出せる人材を、多くの企業が求めているんだ。だから、デジタルアートで仕事をしたい人がいるなら、絶対にモントリオールに来た方がいい。新しい分野だからこそ、差別もないし、質の高い仕事がたくさんあるんだ。

近年の日本でも、デジタルアートは人びとにとって身近な存在なりつつある。しかしそれらは果たして、国の文化として根付いていくだろうか。いつの時代も、「日本の文化」として語られるのは、伝統的なものばかりではないだろうかドミニク氏に、「デジタルアートのようなエンターテインメントが、文化として醸成していくために、必要なことは何か」と問うと、「実験場だ」という答えが返ってきた。

ドミニク:僕たちがかつてレイヴパーティーでやっていたように、新しいエンターテインメントを生み出すためには、実験を繰り返すことが必要不可欠だと思う。そのためには、自由に実験できる場所がたくさんあるべきなんだ。政府や企業がそうした場所を積極的にクリエイターに提供していくことが、エンターテインメント業界を切り拓く上で大事だと思うね。

人は常に、新しい刺激を求める生き物だ。今後、テクノロジーが発達していくなかで、デジタルアート以外にも、"見たこともない"体験ができる新しいエンターテインメントの需要は高まっていくだろう。

革新的なエンターテインメントは、実験の繰り返しによって生まれていく。そのためには、優秀なクリエイターの育成、費用の捻出、実験場所が必要だ。日本のエンターテインメント業界をさらに発展させていくために、資金力を持った政府や企業とクリエイターが互いに歩み寄り、未来のエンターテインメントを生み出すためのエコシステムを形成していくことが重要なのだ。

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512


"スキッパブル"なインターネットから、「文化」は生まれるか?ーー土屋敏男×森泰輝×石井リナ「マスなき分散時代のメディア・コミュニティ・インフルエンサー」(前編)

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(左より)長谷川リョー、土屋敏男氏、森泰輝氏、石井リナ氏

最新のイノベーションが国内外から一堂に会する国際展示会『InterBEE2018』で、「ミレニアルズ ~マスなき分散時代のメディア・コミュニティ・インフルエンサー」をテーマにトークイベントが行われた。

SENSORS編集長の長谷川リョーをモデレーターに、土屋敏男氏(日本テレビ放送網株式会社 日テレラボ シニア・クリエイター)、森泰輝氏(株式会社VAZ 代表取締役社長)、石井リナ氏(株式会社BLAST 代表取締役社長)が登壇。

SENSORSでは、イベントでのトーク内容を、前後編にわたってダイジェストでお届けしていく。前編にあたる本記事では、「マスなき分散時代のメディア論」についての議論をレポート。

「インターネットには文化が生まれていない」と語る土屋氏は、テレビ文化との比較からインターネット文化の可能性を考察する。一方で森氏は「SNSでは暇つぶしコンテンツがヒットしやすい」点を指摘し、石井氏は"スキッパブル"なネットの性質から文化の定着自体に疑問を呈した。

1990年生まれでミレニアル世代の有識者2名と、テレビ業界のヒットメーカー土屋氏が「ミレニアルズ」をキーワードに、新時代の動向を深掘りしていく。

長谷川リョー(以下、長谷川):今回のテーマは「ミレニアルズ ~マスなき分散時代のメディア・コミュニティ・インフルエンサー」。ミレニアルズとは、2000年以降に成人を迎えた人たちの総称です。

2000年代までは、人びとの話題の中心にテレビがありました。僕よりも下の世代になってくると、そもそもテレビを持っていなかったり、YouTubeやTwitterを見ていたりと、多用なプラットフォームに関心が分散する時代になっています。そうした時代背景のもと、今後どう時代が変化していくのか。ミレニアルズのトップランナーである森さんと石井さん、さらには平均視聴率17.8%、最高視聴率30.4%のヒット番組『電波少年』を10年間ほど手がけられ、長年テレビ業界で活躍されてきた土屋さんと一緒に議論していきます。

土屋 敏男氏(以下、土屋):僕はテレビ業界でずっと働いていまして、いまは日テレラボのシニアクリエイターとして活動しています。『電波少年』の他にも、テレビ局初のネットテレビとされている第2日本テレビを立ち上げたり、YouTubeを活用して間寛平の『アースマラソン』を3年間配信したりしてきました。一般社団法人1964 TOKYO VRを設立し、ライゾマティクスの齋藤精一さんとVR分野でのコンテンツ制作も行なっています。

森泰輝氏(以下、森):インフルエンサープロダクションVAZを設立し、代表を務めています。最近流行りのTikTokerを抱えるプロダクションとしては日本最大、YouTuberを抱えるプロダクションとしては日本最大級に位置している事務所で、所属タレントの力で企業のマーケティングを支援するインフルエンサーマーケティング事業を手がけています。

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石井リナ氏(以下、石井):エンパワーメントメディア『BLAST』を設立し、編集長を務めています。「日本の女性を応援し、解放する」をテーマに、InstagramやYouTubeといった動画メディアでコンテンツを展開する分散型メディアです。「みんな違って、みんないい」の世界観を実現したく立ち上げました。元々はインターネットの広告代理店で働いていて、Instagramのマーケティング本を執筆したこともあるので、SNSマーケティングやミレニアルズの文脈でイベントに呼ばれることも多いです。

長谷川:テレビは、日本全体のボリュームゾーンに適した情報を優先して発信してきました。BLASTのように多様な価値観の存在を肯定するメディアは、新たな時代の潮流を表していると思います。

土屋:かつてのミニコミや、ライブハウスに置いてあった小さな冊子のような文化が、ネットで誕生しているということでしょうか。今日は、テレビや新聞やラジオといったマスメディア以外のメディアが次々と大きくなってきている現象について、お話をしていけたらと思います。

インターネットからは、「文化」が生まれていない?

長谷川:最初のトークテーマは、マスなき分散時代のメディア論。テレビ業界のトップランナーとして走ってきた土屋さんの目に、今のテレビやネットの関係性はどのように映っていますか?

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土屋:かつてテレビがラジオや映画をリプレイスしてきたように、テレビの役割はネットに取って代わられようとしている。だけど、ネットはまだまだビジネス優先で、「文化」が生まれていないように見えます。

森:たしかにテレビにおけるビジネスの話は営業サイドの人が考え、制作サイドが面白いコンテンツづくりに集中できる体制が整っており、「文化」が生まれやすい状況にありました。

しかし、インフルエンサーが制作費をかけずに面白いことを仕掛けてSNS上で注目を集めるなど、インターネット独自の文化が醸成されつつあることも事実だと思います。

土屋:もしかしたら、昭和のテレビ文化と今のインターネット文化が置かれている状況は似ているのかもしれません。テレビが出てきたとき「一億総白痴化」とバカにされていたように、YouTubeもここ10年近くが勃興期だからこそ、私を含め多くの人に甘く見られやすいのではないでしょうか。

森:またインターネットは比較的少ない制作費用しかかけていないにも関わらず、日々面白いものが生まれている点に、僕は注目しています。潤沢な予算のもとで番組制作を行うなかで、独自の文化を発展させてきたテレビとは対照的です。

土屋:制作費がクリエイティブの面白さに比例しないのは面白いよね。最近「テレビ東京の番組が面白い」と言われていますが、テレ東も他のテレビ局よりも制作費が少ないにも関わらず、魅力的なコンテンツを量産している。

ただスマホゲームのように、一つヒットすると形だけ変わった類似コンテンツが増えるのは、ネットコンテンツの現段階での弱点かもしれないね。

現代は"スキッパブル"な時代。もはや「暇つぶし」コンテンツしか流行らない?

石井:そもそも現代は"スキッパブル"な時代なので、インターネットから「文化」が生まれたとしても、根づきにくいのではないかと考えています。

土屋:"スキッパブル"?

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石井:たとえば、Twitterを見て物が欲しくなったらすぐにECサイトへ移ったり、YouTubeでかわいい子を見つけたらInstagramでの投稿を見に行ったりしますよね。

土屋:なるほど。ネットコンテンツが「暇つぶし」と割り切って消費されているからこその現象かもしれませんね。

そういえばテレビの存在意義について特集を組んで番組にした際、「テレビは暇つぶし」と言われてショックを受けたことがあります。一生懸命コンテンツを作ってきた人間として、やりきれない気持ちでした。

とはいえ『電波少年』を放送して、「番組を観て海外旅行したら、人生が変わりました」と視聴者から声をいただけたことも事実です。そうした「人びとを感動させるコンテンツ」は、もう流行らないのでしょうか。

森:正直わかりません。僕もYouTubeでコンテンツを作る際、なにかメッセージを伝えようと頑張るほど上手くいかないことが多く、頭を抱えてきました。インターネットでは、「暇つぶし」と割り切ってコンテンツをつくる方が、ユーザーに見てもらいやすい傾向がある。つくり手のエゴが出ていると、ウケにくくなってしまうのです。

土屋:次世代のクリエイターが、暇つぶしのためだけに才能を発揮するのは嫌だよね。 BLASTのようなメディアが出てくることからも分かるように、暇つぶしだけがネットコンテンツのすべてではないと思います。だけど、ネット文化の課題についてはクリエイターも考えていくべき問題のはずです。

続く後編では、「テクノロジーで変わるコンテンツ論」、「Netflixは、グローバルなマスメディアとなりうるか」をテーマに行われたトークの模様をお伝えする。マスが消失しメディアが分散化したいま、「スーパーメジャーな存在としてNetflixが躍進してきている」と語る土屋氏。また森氏や石井氏とともに、テレビ文化とインターネット文化の類似性や、VRの可能性を手がかりも解き明かされる。

執筆:川尻疾風

1993年生まれ、同志社大学卒。在学中に、メルマガ・生放送配信やプロデュース・マネジメント支援を経験。オウンドメディアやSNS運用などに携わったのち、現職へ。起業家やクリエイターといった同世代の才能と伴走する存在を目指す。
Twitter:@shippu_ga



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

テクノロジーが発達しても、"本気"が刺さることには変わらないーー土屋敏男×森泰輝×石井リナ「マスなき分散時代のメディア・コミュニティ・インフルエンサー」(後編)

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最新のイノベーションが国内外から一堂に会する国際展示会『InterBEE2018』で、「ミレニアルズ ~マスなき分散時代のメディア・コミュニティ・インフルエンサー」をテーマにトークイベントが行われた。

SENSORS編集長の長谷川リョーをモデレーターに、土屋敏男氏(日本テレビ放送網株式会社 日テレラボ シニア・クリエイター)、森泰輝氏(株式会社VAZ 代表取締役社長)、石井リナ氏(株式会社BLAST 代表取締役社長)が登壇。

SENSORSでは、イベントでのトーク内容を、前後編にわたってダイジェストでお届けしていく。後編にあたる本記事では、「テクノロジーで変わるコンテンツ論」、「Netflixはグローバルなマスメディアとなりうるか」をテーマに行われた議論をレポートする。

「スーパーメジャーな存在としてNetflixが躍進してきた」と語る土屋氏は、コミュニティが分散される現代に登場した「新たなるマス」の存在に注目しているという。森氏や石井氏とともに、日本発コンテンツやVRの可能性についても解き明かされた。

1990年生まれのミレニアル世代の有識者2名と、テレビ業界のヒットメーカー土屋氏が、「ミレニアルズ」をキーワードに新時代の動向を深掘りしていく。

(前編はこちら

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(左より)長谷川リョー、土屋敏男氏、森泰輝氏、石井リナ氏

"本気"のコンテンツしか刺さらない。時代を超えた「ヒットの法則」とは?

長谷川リョー(以下、長谷川):続いてのテーマは、「テクノロジーで変わるコンテンツ論」。土屋さんの代表作『電波少年』も、「まさにテクノロジーの進化があったからこそ誕生した」と伺っています。

土屋敏男(以下、土屋):『電波少年』は、当時発売されたばかりのソニー製の家庭用ビデオカメラがあってこそ成立した番組でした。機材がポータブルになったことで、ディレクター1人だけでも番組映像が撮れるようになり、お笑いコンビ「猿岩石」の2人と一緒に海外でヒッチハイクを行う画が実現したんです。

一方で、インターネットの登場に起因する革新的なコンテンツの変化は、未だ起きていないように思います。テクノロジーが進化したにも関わらず、コンテンツに影響がないのはもったいないですよね。

長谷川:VAZでは所属インフルエンサーを通じてネットメディアと関わることも多いと思いますが、森さんはコンテンツの変化を感じていますか?

森泰輝(以下、森):スマートフォンの普及に伴い、個人でのコンテンツ発信量は爆発的に増えてきました。しかし、コンテンツの中身自体にはあまり変化が起きていないと思います。たとえば最近大流行中の「TikTok」も、数年前に流行った「Vine」とコンテンツの形式やジャンルはほぼ同じ。TikTokがここまで伸びているのは、コンテンツの見せ方やAIによるパーソナライズ技術の発展によってユーザー体験が向上したからに過ぎません。

ただコンテンツ発信者の行動には変化が起きています。「YouTubeでいきなり有名になるのは難しいので、まずは初心者でもファンが増えやすい仕組みが整ったTikTokで有名になることを目指そう」というように、メディアを横断して活動する人は増えてきていますね。

長谷川:最近は17 LiveやSHOWROOMといったライブ配信サービスも盛り上がっています。

森:ライブ配信はニコニコ生放送など数年前から存在していましたが、最近はユーザーが動画配信者に直接課金ができる「投げ銭モデル」のサービスが主流になりました。

土屋:マスメディアとネットでの人気に、相関関係があるとは限らないのはなぜなのでしょう。元SMAPの草彅さんの方がテレビでの認知度は高いはずなのに、YouTubeの再生数を見るとキングコングの梶原さんの方が勢いがあることは不思議に思えます。

森:インターネットでは「本気で投稿しているかどうか」が可視化されやすいためだと思います。梶原さんは、片手間でYouTube配信を行なっている芸人さんが多いなかで、「芸人を辞めてYouTuberに専念する」と宣言し、ほぼ毎日投稿しているんですよ。人気YouTuberのもとに足を運んでコラボすることも多く、本気度が伝わってきます。

土屋:いつの時代も、本気のコンテンツしか刺さらないんですね。

日本の勝ち筋は『テラスハウス』にあり?Netflix時代のコンテンツづくり

長谷川:次のテーマは、「Netflixは、グローバルなマスメディアとなりうるか」。日本だとNetflixはまだ情報感度が高い人ばかり観ている傾向にある一方、世界ではメジャーなメディアになりつつあります。

土屋:Netflixは「200ヶ国に配信します、制作費も200億出します」と言っていますが、テレビ番組を制作してきた人間からすると、憧れを禁じ得ません。グローバルにコンテンツを配信することで収益を上げ、それをまたコンテンツ制作に投資するモデルが確立していること意味しているからです。

マスメディアの衰退と共に、"みんな"という概念も消え、すべてが分散していく...と思いきや、今度はNetflixのようなスーパーメジャーが出てきた。どのプラットフォームがメジャーになっていくかも、今後注目していきたいと思います。

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土屋:Netflixがなど海外には成功例が多い一方、日本から突出したプラットフォームは出てきていない。

そこで希望を感じているのは、Netflixと同様にメジャーなサービスのAmazon Primeで配信されている、松本人志さん主演の『ドキュメンタル』、『FREEZE』といった日本発コンテンツ。Amazon Primeが日本で普及した大きな要因にこれらのオリジナルコンテンツの存在があったように、コンテンツひとつでプラットフォームの形勢が逆転することがあります。

森:Amazon Primeに限らず、強力なコンテンツはプラットフォームのシェアに影響を与えていますね。

土屋:国内でプラットフォームづくりに挑戦していくのも一つの手ですが、『テラスハウス』、『火花』のようなヒットコンテンツを海外のプラットフォームに提供していく戦略に絞るのもアリかもしれません。

長谷川:VRは今後、マスメディアのような存在になると思いますか?

土屋:いまはニッチですが、ここ数年で急激にスマホが普及してきたように、デバイスの価格が下がれば一気に広まるはずです。

石井リナ(以下、石井):VRでは、テレビやネットとは違ったコンテンツづくりをしていくことになるのでしょうか?

土屋:意外かもしれませんが、コンテンツをVR化したとしても、あまり手を加える必要性はないです。最初は多くの人が真後ろを観たがりキョロキョロしますが、慣れてくると前面しか観なくなるので(笑)。

実際にハリウッドではVR上でのコンテンツ配信が実験されており、今までと同じコンテンツをVR化するだけで、熱中し、感動できることが分かってきている。VRにはユーザー体験を増幅させる作用がありますが、必要以上に「360°」であることを意識する必要はないのです。

「はじめての携帯がスマホ」が一般化していく時代へ

長谷川:締めに入っていきたいと思います。最後に、これから仕掛けていきたいことを一言ずつお願いします。

土屋:僕はこれまでと変わらず、新しいテクノロジーをどんどん取り込んでコンテンツを制作していきます。いま面白いと思っているのは、3Dスキャナ。モデリングのスピードと精度が日々進化してきているので、この技術を利用した世界初のコンテンツをつくりはじめていて、来年の春には発表する予定です。

森:僕は従来のテレビのように、YouTubeの番組でスポンサーをつけるモデルを展開していきたい。「はじめての携帯がスマホ」である人口が増えるにつれ、Youtubeでかつてのテレビと同様の現象が起こってくると思っています。

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土屋:テレビタレントの歴史を紐解くと、お笑いブームによって明石家さんまさんや北野武さんが登場し、それを見たダウンタウン世代が生み出されることになった。そしてダウンタウン今度はダウンタウンに憧れて吉本がつくった学校に行く若者が増え、毎年何千人もの若者が芸人になっていった。YouTuberも今後はいまのスターに憧れる後続世代が現れ、ますます業界が盛り上がっていくことでしょう。

石井:BLASTは、日本の女性たちが制約なく自由に活躍できるようになることをゴールにしています。プラットフォームにこだわらず、Podcastやオフラインイベントでも展開していきたいです。

新聞、テレビといったマスメディアの影響力低下が止まらない一方で、インターネットが爆発的に普及しはじめて久しい。今後さらなる発展を遂げていくだろうが、そこではインターネットを中心とした、新興メディアの存在・コミュニティという概念・タレントに代わるインフルエンサーの姿、3者が混ざり合うことで醸成される文化の価値も問われていくだろう。マスメディアが消失していくなかでネットの発展はどこに向かっていくのか、今後も目が離せない。

執筆:川尻疾風

1993年生まれ、同志社大学卒。在学中に、メルマガ・生放送配信やプロデュース・マネジメント支援を経験。オウンドメディアやSNS運用などに携わったのち、現職へ。起業家やクリエイターといった同世代の才能と伴走する存在を目指す。
Twitter:@shippu_ga



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
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コンピュテーショナルデザインで、建築業界を改革するーー建築家 豊田啓介

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(左から)豊田啓介氏、齋藤精一、落合陽一、草野絵美

「コンピュテーショナルデザイン」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストに迎えたのは、建築家の豊田啓介氏(noiz共同主宰)だ。

全3回にわたってお届けする第1弾記事の前半では、豊田氏が提唱する「建築情報学」をテーマに展開されたトークの様子をお伝えする。「これまでとは違ったことをしないと、建築業界は改善しない」と話す豊田氏に、建築家出身の齋藤も深い共感を示した。

後半は、豊田氏が構想する物質世界とデジタル世界をつなぐプラットフォーム「コモン・グラウンド」をテーマにトークが展開。「スマートシティを実現する上で、アナログとデジタルをつなぐことが必要不可欠だ」と豊田氏の想いが語られた。さらに、建築家の教育についても話が及び、建築学科で教えるべきことについて議論が行われた。

建築、都市づくりに関わるMC陣、豊田氏との議論から、建築業界のあるべき姿を探っていく。

草野絵美(以下、草野):今回SENSORSが注目したテーマは、「コンピュテーショナルデザイン」。コンピューターが設計案などを割り出してクリエイトする、新しい概念です。本日は、いち早くコンピュテーショナルデザインを取り入れている建築家の豊田啓介さんをお招きし、お話ししていけたらと思います。

落合陽一(以下、落合):豊田さんとは、しょっちゅう一緒に仕事をしているんですよ。

草野:それはテレビで言えない仕事も含めてですか?

落合:まだ世に出ていない情報も多いですね。色々なところでご一緒させていただいています。

齋藤精一(以下、齋藤):僕は、コロンビア大学で教壇に立っていた頃に初めてお会いしているんです。そこから10年以上経っていますが、3日前に知り合ったような感覚ですね(笑)

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草野:お二人から見て、豊田さんはどんな印象ですか?

落合:一緒におでんを食べに行きたい(笑)。一緒にいると楽しい人です。

齋藤:一般的な建築家とは違う思考を持っていらっしゃいますね。一貫してコンピュテーショナルデザインに取り組まれている方は、なかなかいないので。

落合:ラボで研究している人はいるけれど、実践している人はなかなかいないですよね。

草野:そんなコンピュテーショナルデザインの第一人者、豊田さんとのトークセッションを始めましょう。

日本の建築業界は閉鎖的。実践と議論を繰り返さなければ、コンピュテーショナルデザインは普及しない

草野:今回のゲストは、建築家の豊田啓介さんです。豊田さんは、東京大学工学部建築学科を卒業後、安藤忠雄建築研究所を経て、コロンビア大学大学院の修士課程を修了。その後ニューヨークのSHoP Architectsで経験を積み、日本および台湾を拠点とする建築設計事務所noizを二人のパートナーとともに主宰。現在は、主に建築の分野でコンピュテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・制作・コンサルティングに取り組まれています。齋藤さんは同時期にコロンビア大学大学院にいらっしゃったとのことですが、交流はあったんですか?

齋藤:豊田さんは、僕がTA(ティーチングアシスタント)を担当していた講義を受けていたんですよね。

草野:齋藤さんは、豊田さんの先輩なんですね。

齋藤:英語はできませんでしたが、CGに関してはそれなりに勉強していましたからね(笑)。

豊田啓介(以下、豊田):「あいつすげえ!日本人だぞ?」と噂になっていました(笑)。

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草野:それでは、3つのキーワードをもとに、豊田さんの思想を深掘りしていきたいと思います。今回ディスカッションを行うキーワードは、「建築情報学」、「コモングラウンド」、「自分のタガを外す方法」。まず「建築情報学」ですが、noizはコンピューター上で建築を行うことを基本スタンスにしているんですよね?

豊田:建築業界ってすごく"重い"んですよ。時間はかかるし、責任も重いし...まるで重工業。だからこそ、建築は社会の中で長く残るのですが...。さらに、他の業界と比べると新しい技術を取り入れるのが遅い点も、ずっとなんとかしたいと思っています。

そもそも業界内でコンピューター技術を活用した事例がなく、「コンピューター技術を使うか否か」の議論もできていない。だから僕は、コンピューター技術を活かした建築を実践しつつ、学問として「建築情報学」を提唱し、新しい議論を生もうとしているんです。

落合:コンピュテーショナルデザインの話って、建築サイドから出てくる話と、コンピューターサイドから出てくる話で違うんですよね。興味を持っている学生は、どちらかというとアナログなバックグラウンドを持った人が多い。

齋藤:日本は、コンピュテーショナルデザインの普及が遅れていますよね。建築家は時代とともに変化する人の心理に敏感でなくてはいけないので、「なぜ建築心理学というものが存在しないのか」と常々疑問に思っています。

スマートシティや仮想通貨など新しいテクノロジーが存在する世の中を前提として、街や建築物の設計を行うべきですよね。日本の"おじさん"はそれができないから、若者の活躍が目立つようになっているのかもしれません。

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落合:建築業界の人が、データに疎いことも気になります。データを見て気になったことを質問すると「それは現場に行かないと分からないからね」と言われたりする。

豊田:共通のプラットフォーム上でなにかを行う発想を持つ人が少ないかもしれないですね。どちらかといえば、「現場でなんとかする」と言う人が多い。それが日本の良さでもあるのですが、これまでとは違うものをつくっていく意識がないと、なかなか変わっていかないかもしれません。

草野:学問としての「建築」は、国によって学ぶ内容が違っているんですか?

豊田:国というよりも、大学によって全然違いますね。「物質から離れて考えるのはやめよう」とか「コンピューター的に考えてみよう」とか、各大学によって軸となる考え方が違います。

草野:建築の仕事ってすごく学際的ですよね。合意形成が必要な仕事ですし、人々の暮らしにも常に目を向けなくてはいけないから。

落合:関係ない分野はないかもしれないね。

これからの建築家はプログラミングを学ぶべき。デジタルへの理解がなければ、社会実装型の建築は実現しない

草野:続いてのキーワードは、「コモン・グラウンド」。落合さんの提唱する「デジタルネイチャー」にも関連する話だと思います。

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豊田:スマートシティに関する仕事をする時、多くの人が「物質世界を、デジタルに正しく記述すること」に注力していると感じました。しかし僕は、2つの世界をつなぐことの方が重要だと考えていて。物質世界とデジタル世界をつなぐプラットフォームをつくるべきだと思っており、それを「コモン・グラウンド(共有基盤)」と呼んでいるんです。

落合:人間の目を介して光を「見る」世界と、データとして「読む」世界は全く違うんですよね。それぞれの世界で取れるコミュニケーションも全然違うから、物質世界とデジタル世界の各々がデジタル言語に変換されていなければ、スマートシティは実現しない。

草野:齋藤さんは「コモン・グラウンド」についてどう思われますか?

齋藤:豊田さんのおっしゃる通りだと思います。おそらく建築業界でも、個別ケースに目を向ければ、「コモン・グラウンド」のような思想で頑張っている人もいるじゃないですか。僕の会社でも「地図は2Dではなく3Dにするべき」と言っていて、既存の地図をスキャンして立体化したりしています。スマートシティ化も、多くの企業が取り組んでいまよね。このようにプレイヤーは増えているのですが、指揮者不在なんですよね。

豊田:用途と目的がはっきりしていないから、先陣を切る人がいないのだと思います。

落合:タスク思想の人が多いんですよ。

豊田:既存の学問や工学ベースだと、「正しいことを積み上げる」スタイルが取られがちです。しかし確証がなくても、「20年後にはこうなっているはずだ」と思うことを掘り下げて、アプローチをしていかなければいけないんじゃないかなと思いますね。

齋藤:SENSORSでもよく警鐘を鳴らしていますが、1つの世界だけを見ていてはいけないんですよね。建築のことだけを分かっているだけでは不十分で、インターネットの歴史も理解していないとダメなのかもしれません。そうした人材が、業界内で不足していると思います。

豊田:つまはじきにされているのかもしれない(笑)。

齋藤:僕は、つまはじきにされても困らないですけれど(笑)。

草野:ゲーム業界では、「コモン・グラウンド」が進んでいるそうですね。

豊田:進んでいるというか、活用しやすい業界なのだと思います。既にゲームAIの普及が広まっているから、「ユーザーの反響を高めるためにはどのような記述をすればいいか」といった、本来建築業界でもなされるべき議論が日常的に行われているんです。

建築業界は、ゲーム業界に比べて法律などの規制も多いですから、頭を固くせざるを得ない部分もあって...。落合さんや齋藤さんは、デジタル技術を駆使した取り組みを色々とされているじゃないですか。僕ももっと、そうした取り組みを行なっていきたいと思っています。

落合:ゲームの中だと、「このアイテムを落としたら、全員がその人を殺していい」みたいなルールも作れますからね。

豊田:ダンジョンに入るたびにマップが変わっていたりするなど、コントロールできるのが面白いですよね。本来、都市やイベントといった現実世界においても同じようなことを行うべきだと思うのですが、全体最適よりも個別最適を優先しがちなので、なかなか実行できない。

齋藤:昔「ゲームエンジンを使って、何ができるか」を研究していた思想家がいました。ゲーム開発にも従事している方だったのですが、もしかしたらゲームエンジンを作っている人が、建築業界で教鞭をふるった方がいいのかもしれませんね。

豊田:大学の建築学科は、デジタル技術を教えることを億劫に思っているのではないかと思います。アナログな手法ばかりを教えているというか...。

落合:デジタルもアナログも、どちらも理解していないとダメですよね。1つのマテリアルを、デジタルで見るかアナログで見るかは全然違うから。「手触り」を「解像度」に置き換えることができるかどうかが、非常に重要です。

齋藤:建築学科のプログラムの大半が、デザインの話なんですよね。本来建築家は、3Dから医療まで横断的に知識を持って、物事を考えなくてはいけないと思うのですが...。少なくとも、建築には他の様々な分野が関わっていることや、それらを統合することができるということを、もっと伝えていかなくてはいけないですよね。

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豊田:建築学科の学生に、プログラミングを教えたいんですよね。落合さんと齋藤さんが仰るように、これからの建築家はアナログとデジタル両方の視点を持たないといけない。あらゆる業界に共通して言えることですが、別の領域にはみ出していかないと新しい視点が持てません。建築学科の学生に「Uberのビジネスモデルが分かるか?」と聞いても、2〜3人しか答えられないんです。そんな状況で、社会を良くする建築が生まれるとは思えません。コンピューターサイエンスの道と街づくりの道、どちらに進むにせよ、ビジネスやテクノロジーの素養を持っておくべきだと思います。

草野:コンピュターサイエンスの学生と建築学科の学生がコラボしていった方が良さそうですね。

落合:60年代〜80年代は、そういった動きがあったんですけどね。MITメディアラボで行われていたことが、建築学科の授業で応用されていましたよ。

草野:本来学際的にやっていたものが、閉鎖的になってきているんですね。

豊田:専門外の人と話すためには、共通言語を持っていないとダメですよね。今の時代、コンピューター言語が分からないと、建築情報学が理解できないと思います。

齋藤:アナログとデジタル、両方を理解した上で「アナログな建築をやりたい」と言う人が現れてもいいとは思います。でも、今はアナログな建築を教えることしかできていないから、コンピューターサイエンスや電子工学など、様々な分野と一緒に建築を教えてプロフェッショナルな人材を育てていきたいですね。

草野:SENSORSを観ている建築学科の学生さんたちに、そうした人材になってほしいですね。

齋藤:建築学科の学生も「そうだそうだ」と言うんですけど、本当にそう思っているんだったら一揆を起こせばいいんですよ。

豊田:扇動してくれる誰かがいないと、はじまらないような状況になっていますよね。

続く第2弾記事の前半では、豊田氏の「自分のタガを外す方法」を探っていく。自分を外の世界に連れ出すために、コンピューター技術を習得したという豊田氏は、「社会を良くすることにおいては、広い視野を持つことが重要だ」と、業界の問題を指摘した。

後半は、齋藤が提示したキーワード「建築家というビジネス」をもとに、トークが展開。閉鎖的な建築業界のアップデートに取り組む豊田氏の話に、MC陣も共感を示し、齋藤は「建築家は設計図を書くこと以外でもっと稼げる」と示唆した。さらに適切な賃金が支払われない業界の問題に対して、落合は「業界全体でベースを上げていくべきだ」と指摘した。

先進的な取り組みを行う豊田氏の思想から、社会実装型の建築を実現するためのヒントを探っていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一曰く"建築学生はもっとデジタルで遊ぶべき".ゲスト:豊田啓介( コンピューテーショナル・デザイン 1/3))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
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コンピューター技術は、「自分のタガを外す」もの。建築家 豊田啓介が目指す、次世代の建築家

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(左から)豊田啓介氏、齋藤精一、落合陽一

「コンピュテーショナルデザイン」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストに迎えたのは、建築家の豊田啓介氏(noiz共同主宰)だ。

全3回にわたってお届けする第2弾記事の前半では、豊田氏の「自分のタガを外す方法」が語られたセクションをお届けする。安藤忠雄事務所を経て、コロンビア大学でコンピューター技術を学んだ豊田氏。「自分を外の世界に連れ出したかった」と当時の想いを明かした。

後半は、齋藤が提示したキーワード「建築家というビジネス」をもとにトークが展開。豊田氏は「新しい領域に踏み込む人がいない」建築業界をアップデートしたいと語り、齋藤は「建築家は設計図を書くこと以外でもっと稼げる」と示唆した。さらに適切な賃金が支払われない業界の問題に対して、落合は「業界全体でベースを上げていくべきだ」と指摘した。

閉鎖的な建築業界で、先進的な取り組みを行う豊田氏の思想から、社会実装型の建築を実現するためのヒントを探っていく。

コンピューター技術を学びに渡米したのは、「自分のタガを外す」ため

草野絵美(以下、草野):それでは、次のキーワードにいきたいと思います。「自分のタガを外す方法」です。

豊田啓介(以下、豊田):僕は最初"The20世紀"的なモダン建築ばかりを手がけてきて、それが身体に染み付いていたので、新しい視点を持ちにくかったんです。そこから抜け出すために役立ったのが、コンピューター技術でした。自分を外の世界に連れていくために、非常に強力なツールなんですよ。これは企業にも言えることで、新しい技術を習得せずに昭和の成功体験を引きずっている会社も多い。タガを外すことって、自分の力だけでは難しいんです。ですから「新しい技術を使っていたらいつのまにか自分のタガが外れていた」という状況を、自らつくりだそうとしました。

草野:「新技術」としてコンピューター技術を選ばれたのはなぜでしょう?

豊田:もともと、人間の力だけではつくれないものに興味があったんです。それをメタ的に知ることができるものを探した末に行き着いたのが、コンピューター技術でした。

齋藤精一(以下、齋藤):そうした経緯で、コロンビア大学に来ていたんですね。

豊田:コンピューターの系譜をしっかり学びたかったんです。

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齋藤:僕も、同様の経緯でコロンビア大学に行ったんですよ。コンピューター技術を基礎から学ばないと、設計ができないと思って。あそこは、同じような想いで学びに来る人が多いですよね。

豊田:コロンビア大学ではそれまで知らなかった、既成概念に捉われない建築ばかりを学ぶことになったのですが、最初は「こいつら何を言っているんだ?そんなことできるわけないだろ」と思っていましたね(笑)。でも、自分のタガを外して議論できるようになってくると、それまで見えてこなかった新しい可能性に目を向けられるようになりました。アメリカの教育を受けると、「これまでつくったことのないものをつくる為にどうすればいいのか」と考えられるようになる。そうした視点を持てるようになったのは、コロンビア大学に行ったおかげです。「99%の人が反対していても、1%でも良いと言っている人がいれば投資する」新しい教育の在り方を知りました。

齋藤:当時、ダイヤグラムをつくることが流行っていましたよね。ダイヤグラムは、「こうしたい」と思っていても、データを入れると予想外の結果が出てくることもある。自分の思考の延長に面白いものが出てくるんです。

落合陽一(以下、落合):僕は泥遊びするような時期にWindows95で遊んでいたのですが、解像感が低かったので、デジタルに質量感を感じることもあれば感じないこともありました。片側にどっぷり浸かっていると、片側に特別感を感じるようになるんですよね。

草野:コンピューターにしかつくれないものと、人間にしかつくれないもの、それぞれどんなものがあるんですか?

落合:僕は、その境界線はないと思っています。コンピューターみたいな人間もいるし、人間みたいなコンピューターもあるので、そこに差はない。境界線を引かずに、「どちらが優秀だ」と決めつけない癒着点を持っていることが、デジタルネイティブだと思うんですよね。そうした感覚を持っている人は、YouTubeで観ているのと同じ感覚で、友達と一緒にいる。一人称で物事を捉えるか、二人称で捉えるかの違いしかないんです。

齋藤:僕は、感覚でしかできないことは、現場で確認するしかないと思いますね。「見た人が気持ち悪くならないか」といった繊細な心理を考えることは、まだ人間以外にはできないんじゃないかなと思っています。

豊田:デジタルの話や人間の心理の話をしていくと、結局哲学の話になってくるので曖昧になってきますよね。認識論や身体論の話になっていく。ただ、そうした哲学的な議論を経ていかないと「この領域なら実装できるよね」といった発想に至りません。これは建築業界だけではなく、あらゆる業界で言えることだと思います。社会を良くすることにおいては、広い視野を持つことが重要です。

建築家は、もっと稼げる仕事。「設計図を書く」以外のバリューも評価されるべき

草野:ここからは、SENSORSスタッフやMCから集めた、豊田さんに聞いてみたいキーワードをもとにお話を聞いていきたいと思います。まずは、齋藤さんからのキーワード「建築家というビジネス」についてお伺いしたいです。

齋藤:豊田さんのような建築家とは少し違うかもしれないのですが、いわゆる建築業界にいる「建築家」って、ビジネス的にはうまくいっているのでしょうか?

豊田:つらい質問ですね。先ほどのお話ともつながっていて、建築家が着手しなければいけない領域は社会の中でシフトしていっているのですが、これまでの建築家が踏み込んでいない新しい領域に挑戦する人がいないんです。誰かがやらなければいけないのですが、世間から期待されている建築家のイメージと、僕が知っている建築家のイメージに差がありすぎていて、そこの調整にすごく時間がかかっています。

齋藤:僕も同感です。ほとんどの建築家が、設計業にしか対価を支払われていないんですよね。本当は設計業以外にも稼げる所やビジネスになる所っていっぱいあるはずなのに...。

豊田:そもそも「建築家は設計をやる人」とだけ思われているんですよね。クライアントによっては「ここに土地があるから、ホテルかレストランをつくってください」と要求してくることがありますし...。さらに「提案しないと設計もさせてあげないぞ」といった空気を出してくる。それで業界が成り立っている節はありますよね。

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齋藤:それは建築業界だけではなく、デザイン業界にも当てはまると思います。要は、クライアント側が、知識を提供してもらうことに対する敬意が少ないんですよね。それこそニューヨークだと、そうした知見の提案に対しても十分なコンサル料をもらえるようになっているのですが。

豊田:建築家は設計図を書くこと以外にもバリューを出して、お金をもらっていいと思います。海外だと、そういったものが大きな収入源になっていたりしますよね。

齋藤:建築業界やデザイン業界には、そういうことを声を大にして言っていきたいですね。そこがネックになっているから、適切な賃金が支払われないのだと思います。

落合:大御所であればいいんじゃないですか?

豊田:いや、安藤忠雄の年収と、松井秀喜の年収って比べ物にならないんですよ...。

落合:業界によって、賃金に対する考え方が全く違いますよね。たとえば僕の場合、「メディア出演」と「クリエイティブに関するコンサルティング」と「研究」の3つの仕事をしているのですが、どれも「時間を割く」ことに対してフィーをもらっています。建築業界も同様の仕組みであれば、豊田さんのような建築家はいくらでも稼げるはずなのに、それが難しい。アイドルでも、駆け出しのアイドルならば無給の仕事もありますし、業界によって全然違いますよね。

齋藤:耳が痛いですね。

草野:クライアント側と建築家側で、認識のズレがあるんですかね。

豊田:そうですね。建築家の価値が「設計をすること」になっているんだと思います。「満足のいく設計をしてくれないと、お金は払わないぞ」といった発想が残っている。noizも設計事務所なので、そうした仕事を受けていて、設計料しかもらっていません。しかし同様のことをマッキンゼーのようなコンサルティング会社がやったら、もらえるフィーは2桁くらい違うと思いますよ。せめて今よりも1桁くらいフィーがプラスになるだけで、建築業界はだいぶ変わってくる気がします。そのためには、まずはロールモデルを作らないといけないと思っています。

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齋藤:今の話を聞いていて思ったのですが、1980年以前にあった仕事とそれ以降の仕事では、チャージの仕方が全然違うのかもしれません。80年代以前は、とりあえずクライアントの要望を聞いて、提案をすることから仕事が始まっていましたよね。しかし今は、スポットでしかお金をもらえないことが多い。それなのに「あれもやってほしい」「これもやって」など、注文ばかりが増えていくんです。だから、人件費もそれなりにかかります。海外の建築業界と比較しても、賃金のベースが違いすぎるんですよね。

落合:駆け出しの建築家でも、日本と海外では年収が4倍くらい違っているんですよね。

豊田:カリフォルニアでAIが扱える建築家は、最初から2,000〜3,000万円くらいもらっていますからね。恐ろしい。

齋藤:逆に、日本だと「こんなにもらっていいんだ」となってしまう。

草野:それでは海外に人材が流失してしまいますね。

落合:するでしょうね。日本食に愛がないと(笑)

豊田:だから、まずは僕らがモデルを作らないといけないと思います。バリューをチャージしてお金を作り、適切なフィーが払える体制を作っていくしかないですよね。

草野:落合さんの会社やライゾマティクスにも、「なんかやってよ」的なバックリとした提案が来ることは多いんですか?

落合:死ぬほどくるよ(笑)

草野:そういった場合、どのように仕事を進めているのでしょうか?

落合:僕の場合は、最初にロードマップを引いているパターンが多いですね。他のコンサルティングを受けてからうちに依頼が来る場合と、うちに最初から依頼が来る場合では、クライアント側の意思決定基準も違ったりしますから。どうやって目標達成するのか、意見を聞きながらロードマップに落としています。やり方は様々で、紙に落とす場合もあれば機材を使って空間設計を行う場合もある。いずれにせよ、まずロードマップを引くことが重要だと思います。

草野:ライゾマティクスさんはどんな感じなんですか?

齋藤:うちも色々なやり方がありますね。僕の場合は、まず面白そうなクライアントの話は率先して聞くようにしています。そこに対して「こういうことができるのであれば、やりたい」と提案しています。場合によっては「ここにフィーがかかるのであれば、一度考えます」と言われて、仕事がなくなることもあるので、そこは少し怖いんですけれど...。会社の利益を考えると、はじめに仕事を受けて後から上乗せでフィーをもらえないか相談する方が良いのですが、最近はそういうことをしないようにしています。

豊田:ライゾマティクスさんって、特殊部隊じゃないですか。特殊部隊じゃないとできない仕組みだから、そうした強気な姿勢が取れますよね。

落合:もう、業界全体でそういう姿勢を取るしかないんじゃないかな。たとえば映像業界は、カメラマンや照明さんに対するベースのフィーがある程度決まっていると思います。そうしたベースのフィーを作っていかないと、業界全体の賃金が上がらないですよね。だから一斉に上げていくしかない。そうしないと「じゃあ他の安い建築事務所に仕事を依頼します」と言われてしまうから。

続く第3弾記事の前半では、豊田氏の目に映る「ライゾマティクス齋藤精一」の姿が明かされた。共闘する仲間でもあり、競合でもある齋藤に対し「共感できる部分が多い」と尊敬の念を示し、齋藤も「日本の建築業界には、豊田さんのような人が必要不可欠だ」と返した。

中盤は、「2025年の都市」をテーマに議論が白熱。大阪万博にも携わる豊田氏は「万博を、新しい取り組みの実験場にしたい」と話し、齋藤も「2025年に向けて、準備を進めたい」と明かした。落合も「大阪万博を機に、日本列島3,0にアップデートするべきだ」と意見し、日本の未来についての意見が飛び交った。

後半は、落合からの質問「旧態依然とした建築事務所からの風当たりは強くないのか?」に、豊田氏が回答。先進的な取り組みを行う豊田氏は、「デジタルとアナログを両方理解しているから、意見しやすい」のだと話した。さらに、次世代の建築家の育成についても話が及び、司会の草野から「建築家の教育用ゲームがあってもいい」という意見も飛び出した。

建築、アートとそれぞれの業界で革命を起こしてきたMC陣と、コンピューテーションデザインを提唱し、建築業界に革命を起こす豊田氏。3名の議論から、今後の日本をより良くするヒントを探っていく。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一の趣味は70~80年代のCM!?ゲスト:豊田啓介( コンピューテーショナル・デザイン 2/3))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

大阪万博は、"日本列島3.0"の始まりとなる。建築家 豊田啓介氏が志向する、2025年の都市づくり

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(左から)豊田啓介氏、齋藤精一、落合陽一、草野絵美

「コンピュテーショナルデザイン」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストに迎えたのは、建築家の豊田啓介氏(noiz共同主宰)だ。

全3回にわたってお届けする最終回となる本記事の前半では、豊田氏の目に映る「ライゾマティクス齋藤精一」の姿が明かされた。noiz同様にコンピューター×建築に取り組むライゾマティクスに対し、「競合でもあるが、共感できる部分が多い」と尊敬の念を示した。それに対し、齋藤も「日本の建築業界には、豊田さんのような人が必要不可欠だ」と返した。

中盤は、「2025年の東京」をテーマにトークが展開。大阪万博にも携わる豊田氏は「万博を、新しい取り組みの実験場にしたい」と話し、齋藤も「2025年に向けて、準備を進めたい」と明かした。落合も「大阪万博を機に、日本列島3,0にアップデートするべきだ」と意見し、日本の未来についての熱い議論が交わされた。

後半は、落合からの質問「旧態依然とした建築事務所からの風当たりは強くないのか?」に、豊田氏が回答。建築業界の中で先進的な取り組みを続ける豊田氏は、「デジタルとアナログを両方理解しているから、意見しやすい」のだと明かした。さらに、次世代の建築家の育成についても話が及び、司会の草野から「建築家の教育用ゲームがあってもいい」という意見も飛び出した。

建築、アートとそれぞれの業界で革命を起こしてきたMC陣と、コンピューテーションデザインを提唱し、建築業界に革命を起こす豊田氏。3名の議論から、今後の日本をより良くするヒントを探っていく。

「正直、ズルいと思うこともある」豊田啓介から見た、ライゾマティクス齋藤精一

草野絵美(以下、草野):続いては、落合さんからのキーワード「豊田さんから見たライゾマティクス齋藤さん」です。

落合陽一(以下、落合):齋藤さんは、フットワークが軽そうなイメージがあると思うのですが、それはメディア露出も多く、色々な取り組みをされているからだと思うんですよね。実際、豊田さんの目には齋藤さんがどのように映っているのでしょうか?

豊田啓介(以下、豊田):noizもライゾマティクスさんと同様、コンピューターを使った建築をしているので、タッグを組む時も、競合する時もあります。競合として見ると、ライゾマティクスさんはデジタル分野における実績もあるし仕事も速いので、正直「ズルい」と思うこともありますね。

齋藤精一(以下、齋藤):競合だと認識されていたんですね。

豊田:知らないところで競合と認識されていたりするんですよ。でも、仕事の速さやフィー体系に関して羨ましいと思っていますし、齋藤さんの考え方には共感できる所も多いんです。齋藤さんはアナログなアーキテクチャへの理解があったうえで、「建築」を再定義しているじゃないですか。そういった考え方は長期的にみると、長く残る建築物の創造につながるのだと思います。うちも建築とコンピューターの両方がわかっているけれど、コンピューター側からのアプローチが強いので、もう少し両面から見られるようになればいいのかなと思っています。

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齋藤:やっぱり、他の領域と掛け合わせていかななければ、世の中を変えるようなことはできないですよね。だから、豊田さんのように「コンピュテーショナルデザイン」を提唱する人は絶対に必要なんです。日本でそういったスタンスを取る人はあまりいないんじゃないかな。アカデミックに取り組んでいる方はいっぱいいますが、実装している人はほとんどいないと思います。

草野:お二人が共闘する時は、どんな風に仕事を分担しているんですか?

齋藤:僕は「表現」の部分を担うことが多いですね。一方でnoizさんは「空間性」を担っている。

豊田:施工方法によっても変わっていきますけどね。ライゾマティクスさんに影響されて、僕たちの考え方が変わったりもします。今度一緒に「ノイゾマ」というチームを組んで一緒に仕事をしてみたいです(笑)

落合:それ超良いじゃん(笑)。僕の会社もよく「ライゾマティクスさんと、どう違うんですか?」と聞かれます。実際には全く違っていて、うちはクライアントのやりたいことを忠実に実行する。一方で、ライゾマティクスさんは「何をやるか」からコンサルティングしている。だから、途中で当初の目的が変わった場合には「ライゾマティクスさんと組んだ方がいいかもしれないですね」と提案することもある。そのようにクライアントに最適なプランを考える人がおらず、デジタルに対する認識が低い会社は淘汰されていくと思います。

大阪万博は、実証実験の場として活用したい。豊田啓介氏に問う、「2025年の都市」

草野:続いてのキーワードに移りたいと思います。これはSENSORSスタッフが考えたものなのですが、「2025年の東京の都市」について。2025年は大阪万博が開催される年でもありますし、6年後に東京がどうなっているか、豊田さんの考えをお聞きしたいです。

豊田:バズワード的に「スマートシティ」が使われている中で、Googleのような企業が日本に存在しないことも事実です。だから、万博のような機会を使って新しいことを実装していくべきなんじゃないかなと思います。実際に大阪万博に関わっている中でそう感じるようになりました。やはりニーズがなければ、人びとがスマートシティへ関心を持つこともないですし、実装は難しい。だから「ここに行くには、色々なしがらみを外さないといけないよ」というきっかけを作らないといけないと感じています。

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落合:1964年の東京オリンピックと1970年の大阪万博を機に、新幹線や太陽の塔が出来て"日本列島2.0"が始まったわけですからね。ただ当時は、人口も増加していましたし、高度経済成長期でもありました。人口も減少して経済も停滞している今、"日本列島3.0"にアップデートするためには、コンピューターや文化やデザインといったソフト面で問題を解決してゆかなければいけないと思います。

齋藤:日本だからこそ実現できるスマートシティを披露する場所として、大阪万博は良い機会だと思います。テックがしっかりと実装された上で日本人が生活しやすい街はどんなものかが、明かされるといいですよね。

それを実現できるように、2025年に向けて動いていきたいと思っています。今の日本には、個人レベルで優秀な人は多いのですが、それらをつなぐ力がない。だから彼らの力が、社会に対して十分に活かされていないんですよね。だから、アリババなど海外のシステムの方が先に普及してしまいそうそうになっているんです。

でも、人口の少ない日本だからこそ取れる戦い方もある。個人の平均点はすごく高いと思うんですよね。電気業界やインフラ業界など、さまざまな業界が連携して何かが作れるようになったらすごくいい。落合君が言っていたように、1964年は高度経済成長期の中で東京オリンピックを開催したけれど、2020年は経済が低迷している中で開催する。だから、昔と同じことをしていてはダメなんです。ここで何か新しい価値を見出していかなければ、この先の日本はどうやって稼いでいくのだろうと思いますね。稼ぐ手段は色々あると思うのですが...。

豊田:新しいものを取り入れていかないと価値は生み出していけないのに、業界や企業が閉鎖的だとタガが外せないんですよね。たとえば、Googleが情報プラットフォームを構築したことで新しい価値が生まれましたよね。しかし情報の流通だけでは幸せになれないことがわかったので、Amazonのように物を情報として扱うプラットフォームができて、今度は、メルカリのように個人の所有物を情報として扱うプラットフォーマーも出てきている。つまり、インターネットの出現によって、モノの価値が可視化されるようになったんですよね。

しかし、ものづくりを行う企業が情報を扱う企業と連携するための共通プラットフォームを持っていない。だから宝の持ち腐れになっていることが多々あるんです。大阪万博は、そうした問題を解決する機会にもなると思っています。「Googleのように全ての情報を一極に集めることはできないけれど、日本風にオープンに情報を集めるとこんなことができますよ」と発表できればいいですね。

齋藤:「NECと三菱商事が共同で何かを開発しているか?」と考えても、そんなことしていないじゃないですか。そこってすごく大きな損失につながっている気がするんですよね。

落合:同感です。しのぎを削るならオープンに叩き合えばいいのに、テーブルの下で叩きあっている。それはあんまり良くないなと思います。僕の最近の趣味は、1970年〜1980年代までの日本のCMを観ることなのですが、当時のCMは超元気なんですよ(笑)。あの元気さはなんだったんだろうと考えていて。おそらく当時は、企業側が他人がどう思うかを考えずに「これでいいだろ」と思うものを作っていたのだと思います。マーケティングやコストを気にしていないというか...。

あの元気さは不思議ですが、発信する側の自信があるものじゃないと観ている人も面白くないと思います。今の時代の企業も、そうした考え方をもっと取り入れた方がいいのではないでしょうか。

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齋藤:2020年には、そうした社会実装ができるかなと思っていたのですが、明らかにできなさそうなんですよね

落合:間に合わなかったですね。

齋藤:間に合わなそうなので、2025年までに向けてやっていきたいですね。さらに関西からっていうのがいいかもしれない。

草野:前回のChapterでもお話があったように、業界によって考え方が違うとか、コンピューターと建築はもっとコラボするべきだとか、そういった点にも問題があるのかもしれないですね。

齋藤:僕はすごくアナログなところに問題があると思っています。Twitter上で喧嘩している人たちも、実際に会うと仲直りすることもよくありますから、業界を超えたリアルな交流がもっと増えればいいと思いますね。

豊田:僕は、土俵の外に出るよりも、自分が勝てるところにしっかりいようという意識が強いので、専門外の人たちと積極的に交流をすることができにくい状況にあるのかもしれないです。

草野:実現していないけど、定期的にアイディアとして出る「空飛ぶ車」などを実現する社会にもなってきているんですか?

齋藤:そういったものも、万博に向けて実験していきたいですよね。

豊田:実生活でいきなりやるのは難しいけれど、万博という実験イベントだったらできるかもしれません。都市や社会基盤領域でも同じことが言えますよね。都市という基盤がないと実装・実験できないことって世の中には腐るほどあるんです。都市を活用した実験や実装の良い機会として万博があるので、パブリオンとしての機能も大事ですが、実証実験の場としてもうまく活用していきたいですよね。

落合:ヘリ移動の方が絶対効率良いはずなのに、それをみんながやらないからコストが下がらないんですよ。海外では、当たり前のようにヘリ移動する社長もいますからね。

齋藤:この前、投資家の千葉功太郎さんがホンダのビジネスジェットを買っていましたね。

落合:あれは買いますよね。約5億8000万円とかそんなに変な値段じゃないじゃないですか。それくらいだったら買えそうな社長とか多そうですけどね。僕は、飛行機乗り遅れることがめちゃくちゃ多いので、その時間ロスを考えたら専用機を買った方が安いかもしれない。

建築系VTuberの自由な発想が、業界を変える?次世代の建築業界に必要なこと

草野:最後に、落合さんからいただいたキーワード「三角定規で殴られると痛いか?」について。これはどういった意味でしょうか?

落合:「旧態依然とした建築事務所とかが殴ってきたりしないんですか?」という意味です。

豊田:殴られないにしても、フレンドリーになれないことは多いかもしれないですね。

落合:僕や齋藤さんに「メディアアートって言ってるけれど、全然アートじゃない」とプンプン怒っている人もいたりするので。

齋藤:今は少なくなったけれど、5年前は「メディアアート」と言うだけで敵視されることもありましたからね。

落合:「それは違う」とか言うのも、Twitter上だけにしてくれとか思ったりしますけどね。今は良くなってきたけれど、5年くらい殴られ続けてきたので。

豊田:旧来の建築家みたいな人が、頼んでもないのに急に目の前に現れて、仁王立ちしながら「お前がそう言うんだったら、俺を納得させてから目の前を通りすぎろ」みたいなことは時々ありましたね(笑)

落合:やべえ(笑)

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齋藤:僕は、逆に建築じゃないところから建築にアプローチしてきているから、そういったハレーションみたいなものはあまりないかもしれないですね。言うほど横のつながりもないですし。どちらかというと「次にこういったことをやろうとしているんですよ」と、対等に話すことが多いかもしれません。

豊田:僕の場合は、コロンビア大学の前に安藤事務所という「20世紀建築の大御所」みたいなところにいたので、立場上言われにくいというのはあると思います。「アナログもデジタルも、どっちもやっていた」という実績がある上で、コンピューテーションデザインを提唱しているので、説得力はあると思います。

豊田:この前建築系VTuberの人が建築コンテストみたいなものを自主的に開催していたのですが、すごく面白かったんですよ。「建築から重力をなくしたら」など、柔軟な発想の企画がたくさん挙がっていました。そうした新しい発想を持つ人たちが、これからどんどん活躍していくんだろうなとも思います。実際にものをつくらなければいけなくなった時のシミュレーションは、彼らのような人たちの力が必要です。そういう人たちが勝手に育ってくれているのは、いいですよね。

落合:マインクラフトをやっていた子供も、急にものを作れるつくれるようになったりしますからね。

草野:もしかしたら、建築家専用のゲームがあると面白いかもしれないですね。

齋藤:教育用の?

草野:そうです。その中では、現実世界の概念を超えた設計をすることができる。大人用のマインクラフトみたいなものがあったら面白いと思います。

日本は高度成長期において、ものづくりを通して大きく飛躍した。しかしそれはもう過去の話。デジタル技術が普及しきった今の時代、デジタルとアナログの融合が各業界で求められている。「AI」や「スマートシティ」といったバズワードだけが一人歩きしている中で、実装に向けて具体的に動いている人や企業は、どれだけいるのだろう。

停滞している日本を再び活性化させるために必要なこと。それは、自分の専門分野から一歩外に目を向け、視野を広げることだ。「コンピューティングデザイン」を武器に、建築業界の未来を切り拓く豊田氏のように、時代を読み、行動を起こすことが重要なのだ。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一はエヴァンゲリオン好き!?ゲスト:豊田啓介( コンピューテーショナル・デザイン 3/3))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。
Twitter:@azuuuta0630



編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。
Twitter:@masakik512

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